Pumpuiさんの“チェンマイ&北タイ旅コラム”

センチメンタルなクリスマス


■センチメンタルなクリスマス(1)


 「じゃあ、一緒に帰る?」
 クリスマスを数日前にしたある日、知り合いから意外な申し出があった。僕は、その時山岳民族であるその知り合いと、彼らの習慣について話をしていた。この知り合いの故郷の村は村民全員がキリスト教に改宗しており、クリスマスには何らかのイベントが行われるという。僕が興味深そうに話を聞いていると、相手から先のような申し出があり、もちろん僕は了承した。バスで1時間、ソンテオ2時間、さらにそこからバイクで……、という話と一緒に。
 バスを降り、ソンテオに乗り換える。ちょうど目的のソンテオが出発するところであったのだが、あまりの混雑ぶりにちょっとビビッてしまい、さらに知り合いが買い出しをしたいということなので、一人でソンテオのそばに立っていた。しかし、そうしている間にも次々と乗客が現われ、“はたして我々の乗るスペースはあるのだろうか?”という不安が最高潮に達したころ、知り合いが買い出しから戻って来た。どうやら僕は外国人いうことで、助手席を確保しておいてくれたらしい。
 ソンテオは、ゆっくりと出発した。屋根の上にまで乗っている客、そして荷物……。さらには坂道が続くということでスピードは出せず、ゆっくりと山道を登って行く。あとで計算すると、時速30km以下というスピードだった。
 ようやく目的地に到着。ここからバイクに乗って村に行くという。バイクタクシーもあったのだが、村人が迎えに来てくれていたので、それに乗ることにする。未舗装のアップダウンの道が続き、若干の恐怖を感じつつも、無事に村に着いた。日没前に到着して助かった、と心から思うような道のりであった。というのもこの道中、外灯はもちろんなく、それどころか村そのものにも電気が届いていない、という話を聞いていたからだ。僕ひとりであったら、きっとこの未舗装のアップダウンが続く道を運転することはなかっただろう。
 薄暗くなったころ村に到着した僕は、知り合いのご両親に挨拶し、今夜泊まらせてもらう許可を得た。本来なら村長に頼むところであろうが、知り合いが特に紹介しなかったので両親に許可を得たのであった。が、この両親が事実上村(と言える規模ではないが)のリーダーであった。村には、子供たちが数多く住んでいた。夕暮れ時、子供たちは山の斜面を利用して輪っかを転がしたり、木にぶら下がったり、日本のメンコのような遊びをしていた。カメラを向けると恥ずかしそうにしながらも、実は撮ってほしいという気持ちが見え隠れしていた。




■センチメンタルなクリスマス(2)


 “電気が来ていない!”この言葉にかすかな恐怖(?)が生まれていたのは事実だ。12月末の山の中である。チェンマイに住むタイ人の友達にこの村を訪れるという話をした際、みんなに「寒いから服はいっぱい持って行けよ。」と言われた。当然ながら、お湯のシャワーを浴びるのも不可能な環境だ。
 しかし、実際にはこの知り合いの家にだけ電気が来ていた。つい最近、お金を払って電気を引いたという。といっても、明かりとしては蛍光灯1本だけなのだが。しかしながら、これまで電気と無縁の生活を送っていた村人にとって、その変化は僕らが考える以上のものがあったに違いない。
 “電気がないと、娯楽もないのでは?”と思っていたのだが、この知り合いの家に電気が来たこともあって、村人は夕食が終わるとこの家に集まるのが日課になっていた。それは、この家にはテレビがあるからだ。といっても、アンテナがないのでテレビの電波を受信するのは無理なようで(パラボラアンテナが必要という話だ)、タチレクなどで購入したVCDを見るのがここ1ヶ月の最大の娯楽だそうだ。タチレクに限らず、タイには違法コピーのソフトが氾濫しており、格安で購入することができる。そんなVCD(主にカラオケと映画)を鑑賞するのだという。
 私も一緒に見ていたが、画質がかなりひどく後半は満足に見られたものではなかった。しかし、これまでテレビすらまともに見たことのない村人にとっては十分なようだ。老若男女問わず、みんなが夢中になっているのを見ていると、色々なことを考えさせられた。例えば、旅行者によくありがちな“いつまでも、素朴なままでいてほしい”などということが、外部の人間の勝手な戯言であることとか……。
 電気が来たことによって、この村に今後どのような変化が起こるのだろうか。いつまでも見届けるわけにも行かないが、できるだけ見続けていたい、と少々センチメンタルな思いにひたってしまった。



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