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isao_keyさんの“チェンマイ大学卒業式に参加して”


2013年1月に行われたチェンマイ大学の卒業式の様子

 まだ朝晩には寒さの残る2013年1月25日(木)第47回チェンマイの卒業式が行われた。この日のために21日から3日にわたるリハーサルを経て式当日の本番を迎えることになった。

 外国人の一留学生としてわたし自身が見て感じた大学入学から卒業式の様子を手記として書き残してみたい。

 わたしがチェンマイ大学大学院教育学部教育社会学科(修士課程)に入学したのは2010年4月31日のことである。わたし自身、チェンマイにあるファーイースタン大学にて日本語を教えている教師として、大学にとっても自分としても修士課程の資格は必要だと思っていた。そんな折、教養学部長からファーイースタン大学の奨学金で大学院に進学できるので、やってみないかと勧められて、渡りに舟とばかりに進学を決意する。ただ進学を決めたのはいいが、どの学部で学んだらいいかを決めかねていた。日本語教員であるので、筋からすれば日本語教育がいいのは間違いないが、タイ国内で日本語教育を学ぶことは質、内容ともに日本で学ぶのとは大きな差がある。さらに日本語教育はバンコクのチュラーロンコン大学にしかないので通えない。したがって、日本語教育でない科目の進学を決意する。ただ教員である以上、できれば教育に関する学科がいいと思った。学部長に聞くと、外国人ならば、特に日本語教育でなくてもいいとのことだった。そこで以前タイ語を学んだチェンマイ大学教育学部の社会教育学のチャリン先生を訪ねたところ、それならここで勉強すればいいと言ってくれたので、社会教育学も悪くないと思って、学科を決める。11月に願書を購入し大学の卒業証書や成績証明書などを添えて申請する。入学試験は、1月に行われ面接だけという簡単なもの。結局その年の入学生は、平日の普通科の学生は7名。土日のコースの学生はわたしを含めて28名が入学した。その後1名が体調を理由にやめた。

 クラスで外国人はわたし一人だったし、もちろん授業はすべてタイ語だったため、聞き取りや書き取りがたいへんだった。初めの日のクラスで、授業について行けるかとても心配だった。幸いクラスの友だちも助けてくれ、仕事場の先生も助けてくれたおかげで、なんとか2年間のコースワークを無事終えることができた。その後、卒論を書く準備に入り、当時ファーイースタン大学に研修に来ていた京都外国語大学外国語学部国際教養学科の学生にアンケートをとり、日本の若い世代が将来の日本や生活に関する考えの質問に答えてもらった。

 卒論についても恩師であるパニダ先生やクラスメートの協力も得て、無事に書き終えることができ、卒業試験にも合格し卒業することができた。

 実際に、試験を終えたのは2012年5月23日で、その後卒論の手直しをしてチェンマイ大学内での委員で正式に卒業の承認を受けたのが7月20日のことだった。

 それからは卒業式まで卒業を待つだけとなり、ようやく2013年1月19日(土)午前中に卒業式の登録を済ませる。本番の卒業式まで1月21、22、23日と3日間ものリハーサルがある。今年でチェンマイ大学の卒業式は47回目。今年教育社会学で卒業できたのは、普通科で1名、土日のコースで26名、卒業式に出席するのは普通科1名と土日24名の25名であった。

 卒業の前に貸衣装店でクルイといわれるガウンを借りたり、インターネットで卒業式の写真をどのセットにするかを選ぶ。1月21日の朝6時半から教育学部での写真撮影があったのだが、うっかり気がつかずに入り損ねてしまった。21日は教育学部に集まって、卒業証書の受け取りの練習が始まる。わたしの番号は250番であった。教育学部だけでも400名くらいの人数がいるので練習するにも大変である。午前中は小さいグループに分かれて、受け取りの練習をする。昼をはさんで午後1時から式場であるチェンマイ大学コンベンションセンターに移動し、本番さながらの練習が始まる。本番の卒業式は、午前の部と午後の部に分かれている。われわれ教育学部は午前中である。その他午前中のグループは、政治学部、理工学部、芸術学部、心理学部、工学部、建築学部、経済学部、社会学部などであった。学士、修士、博士と総勢で約3500名もいる。会場内に入るだけでも、そうとうな時間がかかる。21日(月)の練習は4時くらいまでかかる。

 次の日は朝7時に会場に集合する。遅れてくる人がけっこういた。自分の学部の順番どおりに整列する。ここでのわたしの番号は13-16。つまり13列目の16番目の席順であった。服装は、まだガウンは着用せずにきちんとした服装で望む。練習が開始する。卒業生代表がタイ国国歌を歌い、それに唱和する。また卒業の誓いの言葉を述べる。まだみんな覚えていない。司会の先生から、覚えてくるように指示される。証書の受け取りも一人ずつ、チェックされ良くない学生は、黄色の紙を渡され、個別に受け取りの練習を受ける。幸いわたしは受けずにすむ。この日は午前中で終了。

 翌23日は、リハーサル本番で集合は朝の6時。この日から本番さながらにガウンを着用する。さらにいっさいの持ち物や身に着けるものは許されない。鍵、腕時計、指輪、イヤリング、お金、リップ、さらには金具のついた革靴もだめである。また爪も1mm以下の長さにし、マニキュアもしてはいけない。朝6時に行くと、まだ遅れる人がいた。実際に会場に入るのは7時を過ぎてからである。行進の時から男性は帽子を手に携え、女性はかぶる。進行はまったく本番と同様で、ガウンを着ていることもあって気が引き締まる。だが、名前を一人ずつ呼ばれてから、自分の番が来るまで2時間近くかかるので、疲れと寝不足でうとうとしてしまう。周りを見るとかなりの人が、同じようにうとうとしている。この日も終了は午前11時半すぎだったが、午後1時から教育学部だけの式典があるため、教育学部に移動する。車で移動したが、いつもは5分もかからない距離が、渋滞で40分もかかってしまった。さらに教育学部の近くは車がいっぱいで停める場所がない。外にようやく停めて学部に行く。受付を済ませ、仲間といっしょに写真を撮る。式は2時から始まる。教育学部で博士課程を修了した学生は3名。学部長の祝辞、卒業生代表の学生の言葉のあと、在校生からお祝いの歌を贈られる。最後にお世話になった先生から手首にひもを巻いてもらう。この式は4時近くまでかかる。仲間と写真を撮った後に帰宅する。

 式当日は6時から名前を確認するというので、6時前に集合する。さすがに今日は遅れてくる人は、ほとんどいない。昨日まで駐車できた場所が今日から通行止めになっていたので、少し遠い場所に駐車して歩いて式場へ向かう。式場にはガウンの着付けを手伝ってくれる人がいて、きちんと着付けてもらう。7時過ぎに会場入りする。会場には報道関係者、軍人がいる。シリントーン王女がご到着されるのを待つ。1時間くらい待ったであろうか、まず王宮の警邏隊が2名入場してきた。それに続いて王室の関係者が入場して、いよいよ王女がご入場される。タイ国国歌を斉唱して出迎える。こうして王女の面前で国歌を歌うと粛然とした気分になる。式が始まりポンサック学長が祝辞を述べられ、次に王女より恩賜を受ける先生方が約10名恭しく賞状を受け取る。続いてリハーサルでは、優秀学生の表彰があったのだがなぜか飛ばされて政治学部から卒業証書を受け取る。工学部の表彰が終了すると一度10分間の休憩に入る。王女はいったん退席する。後半の表彰が始まり自分の番が近づいてくる。教育学部に入った。予めこの名前が呼び上げられたら起立することが決められていて、その名前が呼び上げられ起立して、廊下に向かう。ガウンをもう一度直し、手に角帽を持つ。少しずつ順番が近づく。そして自分の番になる。壇上でお辞儀をして前に進む。王女の正面でお辞儀をもう一度行い、卒業証書を受け取る。受け取りは右手で、証書の角を握り、縦になるよう腕をお腹の辺りにくっつける。ななめに二歩退き、もう一度礼をして壇上から降りる。壇上にいたのは30秒くらいではないだろうか。残念だったのは、証書を受け取ったときに自分の名前が一致していなかったこと。だがこれは仕方ないだろう。受け取りを終えて、自分の席に戻る。廊下には、午後の部の卒業生たちがスタンバイしている。着席の際に一礼する。着席してから卒業証書を開いてみる。自分の名前がタイ語で書いてある。なんだかじんわりと嬉しさがこみ上げてきた。ああ、この日のために勉強していたのだなと改めて思った。一番最後の学生が受け取り、壇上を降りたところで全員起立、卒業生代表から卒業生の誓いの言葉を唱和する。王女からお祝いの言葉をいただく。王女退席、タイ国国歌斉唱。卒業生も順番に退場。外に出る。噴水や会場の中、周囲は人でごった返している。家族、親戚、友人一堂が大勢で待ち構えているのを見て、改めてタイ人の卒業式に対する思い入れの強さを感じた。
【2013年2月】






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