ブアさんの“対照研究 「マイペンライ」~日タイにおける解釈の違い~”

7.「マイペンライ」について


1.教え子からの手紙についての実例

 実例15については自由記述という形で回答してもらった。
 今回の調査では日本人もタイ人も同様に、「鼻血は出たが、大した事はなく大丈夫です」という鼻血の量が少なかったことと、「先生に対して心配しないで下さい」といった先生への配慮の回答がほとんどの結果になった。前回の調査でタイ人の間で最も多い回答は、「(鼻血は)ひどくなかった/多量ではない、等」であったが、日本人の間では、「大した事はなかった、等」「大丈夫」といった解釈が最も多かった。このことにより、堀江・インカピロム・プリヤは“タイ人と日本人とでは相違があることが見て取れる”(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.43)と述べている。しかし、私は相違があるとは思わない。確かに「(鼻血は)ひどくなかった/多量ではない、等」と「大した事はなかった、等」という回答の言葉は違うが、言いたいこと、その言葉が意味するものは一緒であると思うからだ。また、今回の調査でも「鼻血は出たが、大した事はなく大丈夫です」という回答が多く、日本人もタイ人も同じような回答をしたことも私がそう考える一つである。言い方は違っても両者とも伝えたいことは同じで、「マイペンライ」の解釈も同じであったと私は感じたのである。
 その他の両者の回答としては、「鼻血が出たけどたいした事ではなかったで、先生はどうぞ気にしないでください」「ご心配なく先生に心配をかけたくない」など先生への配慮、心配をかけたくないという気持ちもこの「マイペンライ」は意味していると言える。やはり、遠くにいる先生に心配をかけたくないというのは日本人もタイ人も同じなのである。この項目は自由記述方式でアンケートをしたにも関わらず、日タイで解釈の仕方にさほどの違いがなかったことを私はうれしく思う。

2.「マイペンライ」とはどういう意味なのか

 実例16は日本人を対象に自由記述方式で調査をしたものである。
 また、前回の堀江・インカピロム・プリヤの調査にはこの実例はなく、今回の調査でより日本人の解釈している「マイペンライ」とはどういうことなのかを理解するために設けた実例である。
 実例16は自由記述であり、さらに「マイペンライ」とはどういう意味なのかという漠然とした質問であったため、多くの回答が出た。調査資料の1.今回の調査データ2005年8,9月実施にまとめた分析表は、回答の中で多かったものである。その中では「大丈夫」という回答が一番多かった。「大丈夫」という言葉はいろいろなシチュエーションで使うことができ、シチュエーションによっては、「どうでもいいよ、できるよ、そんなこと」などの否定の意味と「心配しなくてもいいよ」「気にしなくても平気だよ」などの肯定的な意味がある。この実例で多くの人が答えた「大丈夫」がどちらの意味なのかはわからないが、一般的にタイ語を少しでも知っている人は初めに「大丈夫」の意味だと回答することが多い。この結果もそれに基づくことだと思う。日本語の「大丈夫」も多くのシチュエーションで使うことができるため、「大丈夫」以外にも否定的に解釈した意見と肯定的に答えた意見が出た。しかし、気になるのは否定的に「マイペンライ」を解釈した人が多かったことだ。私がタイ人の友人に「マイペンライ」の使い方と意味を聞いたところ次のような例を挙げて説明してくれた。

(1)Aが沢山の荷物を持って事務室に向かっていた。するとAの友達Bが通りかかった。
  B:「沢山の荷物を持ってどこに行くの?」
  A:「事務室に持って行くの。」
  B:「半分持って行ってあげようか?」
  A:「マイペンライ」
  この時の「マイペンライ」は遠慮の意味。

(2)Aは友達との約束時間が近づいていたので、急いで道を歩いていた。すると通行人のBに当たってしまった。
  A:「大丈夫ですか?」
  B:「マイペンライ」
  この時の「マイペンライ」は、少し痛いけど大した事はないし、相手は急いでいるようなのでもめていたら時間がかかるので、相手のために気をつかった。

(3)AとBとCは会社の同僚である。仕事が終わったのでAとBは今からご飯を食べに行く。そこで、Cを誘った。
  A:「Bとご飯を食べに行くの。一緒にご飯を食べに行かない?」
  C:「マイペンライ」
  この時の「マイペンライ」は、用事があっていけない時などで、人の行為(気持ち)を断る時。
  一緒に行きたくない時。

 他にもあるが、このような感じである。

 (1)(2)は肯定的な「マイペンライ」である。そして(3)は比較的否定的な意味である。しかし、私のタイ人の友人は(3)のように自分のために「マイペンライ」を使うことはあまりなく、行きたくないときは「行かない」とはっきり言うと言っていた。また、「マイペンライ」はいい意味合いで使うと言っていた。しかし、日本人は「マイペンライ」を日本語の「大丈夫」に置き換え、その中でも否定的な意味を選択し、解釈している人が多くいるのである。「婿殿のチェンマイ日記 タイ人になろう」の著者、坂田米夫は次のように「マイペンライ」について述べている。

 “「マイペンライ」は、気にしなくてもいい(ささいなことだ)、というような意味。問題ない、何でもない。大丈夫だ、どういたしまして、などいろいろな場面で使われる。
 そしてこの「ささいなこと」の範囲がおそろしく広い。待ち合わせの時間に3時間遅れるなどは、とうぜん「マイペンライ」。気分が変わったり、雨が降ったから連絡もせずに行くのを止めても「マイペンライ」。客の注文や、仕事の命令を忘れても「マイペンライ」。夜の国道を無灯火のバイクで逆走するのも「マイペンライ」。このような「ささいなこと」に腹を立てるものは、タイではマトモな大人として見られないから皆安心して「ささいなこと」ができる。タイ人は広い心でお互いのわがままを許しあっている。”(坂田米夫,2000,P.201)

 これではあんまりであるとしか言えない。確かにタイ人は日本人よりも広い心でお互いに生活していると私の経験上、前にも述べたようにタイ人の国民性である“人生は楽しむべきもの、トラブルや失敗をあまり深刻に考えない”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.373)ように言えると思う。しかし、小さなことに腹を立て対立していても何も生まれないから、そういうことは止めにしようというタイ人のよい考え方であって、その寛大なところに日本人は惹かれてタイに足を運ぶのだと思う。であるからそういう風に解釈し、タイ人をひとくくりにまとめることはタイ人に対して失礼であると私は思う。また、今まで私が実例をあげて調査し、述べてきた実例1~15までの友人間、先生と生徒の間、タイ社会、会社の中で、雇用主とメイドの調査を見れば、坂田米夫が述べているようなことは認められていず、決してこれが「マイペンライ」の意味ではないことはわかっていただけると思う。日本人とタイ人は使う言語、文化、常識とされていることが違う。その習慣の違いを理解し、認め合って、許しあって生活していかなくてはならないと私は思う。習慣の違い、言葉の詳しい意味がわからないことにより、嫌な思いをしたりするかもしれないが、特にタイに住んでいる日本人には広い心を持ってタイを受け止めてほしいと思う。
 今までは「マイペンライ」を否定的に解釈していた回答について述べたが、日本人の中には肯定的な意味、否定的な意味の両方を感じている意見も以下のように多くあった。

 “「相手に対してごめんなさいと謝る(従順)」「相手に対して気にしないでと気遣う(相手を思いやる)」「相手に対して何をそんなに怒っているのよと気持ちを返す(やや不満、反抗的)」「成るようにしか成らないと自分を慰める」等々「マイペンライ」という語にはとても広い意味を持っていると思う。従ってアンケートの設問についての回答に大変苦慮した。”(駐在員1年6ヶ月)

 “日本人からすると非常に不思議な言葉。その時々のシチュエーションの中で、意味を考えなくてはならないので、それを間違えると誤解や混乱を招く。反面、使い方がわかってくると実に都合のいい言葉。意味は一言では言えない。”(プランナー3年)

 “日本語の「大丈夫」「気にしないで」などに相当するもの。相手との間に起こりうる感情的溝や対立を解消するための便法であって直訳できるような意味はない。”(8年以上)

 “「相手を思いやるとき」「自分の失敗をカバーするとき」「相手の立場に立って慰めるとき」など、一言では表現できない。時と場合により意味が異なって表現される。その場での解釈が必要。”(自営業14年)

 “「いちいちそんな細かいこと気にするな」「最後に張尻が合えば別にいいじゃないか」「なんとかなるさ」「本当に気にしていませんから大丈夫ですよ」「気楽にいこうよ」「(軽い)すみません」「自分の非をごまかしたり、責任逃れするとき」「険悪な雰囲気を緩和させたいとき」「相手にも自分にも寛容な気持ちを求めるとき」「相手の思いやりを示すとき」”(主婦5年)

 このように「マイペンライ」は否定的な意味、肯定的な意味の2つを持ち、日本語の「大丈夫」のようにその状況やシチュエーションによって意味がかわるものなのである。そして、一言で言えない表現であり、さらに調査を進めればまた新たなこと、詳しい詳細がわかってくるである「言葉」であると言える。

≪引用・参考文献一覧≫

 堀江・インカピロム・プリヤー.(2000).日本語と外国語の対照研究Ⅶ マイペンライ(2).国立国語研究所.
 G.P.スケーブランド S.M.シムズ.(1995).カルチャーグラムIO2世界文化情報辞典〔第2版〕.大修館書店.
 坂田米夫.(2000). 婿殿のチェンマイ日記 タイ人になろう 送信 HTM.株式会社四谷ラウンド.



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