ブアさんの“対照研究 「マイペンライ」~日タイにおける解釈の違い~”

3.タイ人と日本人の考える「親友」、「目上の人」とは


1.「親友」とはどのような集団に属する友人か

 (1)の「親友」とはどのような集団に属する友人かという質問では、1998年の集計を見ると、タイ人にとって「親友」は回答数の多い順に「中学校の友人」(56.2%)「大学の友人」(55.7%)「職場の友人」(50.8%)なっている。それに対して日本人にとっての「親友」は、全ての項目においてタイ人よりも回答数が低く、その中でも最も回答数が高いのは「大学の友人」(46.5%)、次いで「高校の友人」(45.1%)になっている。しかし、今回私が2005年にした調査では、日本人にとっての「親友」は、全ての項目においてタイ人よりも回答数が低いということはなく、選んだ項目は違っても回答数にさほどの差は出なかった。1998年に行われた堀江・インカピロム・プリヤーは著書の中で、調査結果を次のように述べている。

 “日本人タイ人の回答結果を比較すると、最も特徴的なのは、タイの場合、子供の時から知り合っている近所の友人から職場の友人に至るまで非常に幅広い範囲に「親友」がいることであり、日本人の場合、高校の友人と答えた者の数がタイ人のそれを上回るのみで、タイ人に比べて日本人は「親友」を持つ範囲が狭く、「親友」を持つ範囲が狭く、「親友」と呼ぶべき者が少ないのではないかとも想像できる。”(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.108)

 しかし、今回私が2005年にした調査では「子供の時から知っている近所の友人」(日本人16.6%、タイ人26.1%)「中学校の友人」(日本人29.1%、タイ人30.6%)だけがタイ人よりも回答数が低かっただけで、先ほども述べたように日本人の全ての回答数がタイ人よりも低いということはなかった。このようなことにより、堀江・インカピロム・プリヤーが述べていたように「タイ人に比べて日本人は「親友」を持つ範囲が狭く、「親友」と呼ぶべき者が少ないのではないかとも想像できる。」ということは一概には言えず、アンケートに答えてくれた人の育った環境や、人間性などにより変わってくるものだと言えると私は思う。確かに日本人は、1998年の調査と2005年の調査結果が同じだったタイ人よりも日本人の方が「子供の時から知っている近所の友人」という項目の回答数が少なかったことにより、日本人はタイ人よりも比較的年少の時からの友人に「親友」が少ないことは言えると思う。
 もう1つ興味深い点は、「職場の友人」と回答した日本人とタイ人の回答数の差である。1997,8年の調査では、タイ人の回答数(50.8%)が日本人の回答数(31.3%)よりも多く、堀江・インカピロム・プリヤーは「タイ人は日本人に比べて、職場でも親しくつきあっている友人がいる傾向があると言える」(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.109)と述べている。しかし、今回私が2005年にした調査では、前調査とは逆の結果になった。今回の調査で「親友」を「職場の友人」と回答したタイ人は18.1%なのに対して、日本人は30.5%であった。この結果はアンケートに答えてくれた人の育った環境や、人間性、職歴などにより変わってくるものだとも思うが、私は日本人の方が労働時間や会社からの拘束がタイ人に比べて強く、1度就職し、会社というグループに加われば、必然的に職場の人間と過ごす時間が多いと思う。それは、カルチャーグラムIO2世界文化情報辞典〔第2版〕にある、次のような日本人の国民性からも感じ取れる。

 “勤勉で実際的というのが、現代の日本人の特徴である。社会はグループ志向性が強く、集団(会社、クラブ等)の一員であるという意識が強い。組織や目上の人に対する忠誠心が重要視され、それが個人的感情に優先される場面も多く見かけられる。会社では、忠誠、貢献、協調性が、積極性より大切であるとされるようである。”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.467)

 (2)のあなたにとって「親友」とはどのような友人であるかという質問に対して、1997,8年の集計を見ると、すべての項目で、日本人よりもタイ人の回答数が多くなっている。このことにより、堀江・インカピロム・プリヤーは「何でも話し合え、悩みを打ち明けられ、長い間連絡を取らなくても変わらない関係を保てるといった、相手との距離の近さを認識できる者を親友と考えていることが明瞭である。」(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.109)と述べている。しかし、私の2005年の調査ではすべての項目で、日本人よりもタイ人の回答数が高くなる結果にはならなかった。堀江・インカピロム・プリヤーがピックアップした中では、「何でも相談できる友人」(タイ人52.2%、日本人18.0%)だけがタイ人の回答数が日本人の回答数よりも多かった。その他には「自分のことも家族のことも話し合える友人」(タイ人43.1%、日本人29.1%)「気軽に何でも頼める友人」(タイ人30.6%、日本人12.5%)である。一方日本人は、「遠慮せず何でも話せる友人」(タイ人32.9%、日本人33.3%)「気を使わなくても気楽でいられる友人」(タイ人26.1%、日本人38.8%)「長い間連絡をとらなくても、お互いの関係が変わらない友人」(タイ人43.1%、日本人62.5%)がタイ人の回答数よりも、日本人の回答数の多かったものである。見比べてみると、日本人の回答数の多かったものは、「親友」とは何でも話すことにより癒してもらうような関係を言うように感じる。また、タイ人の回答数の多かったものは、「親友」とは深いことも話せる信頼できる者との関係のように感じた。堀江・インカピロム・プリヤーは著書の中で、「タイ人は相手との距離の近さを認識できる者を親友と考え、タイ人に比べて日本人は対人関係の距離を感じる結果となった」(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.109,110)と述べているが、そう一概には言えないし、日本人はタイ人に比べて「親友」と認識できる友人の概念が狭いとは言えないと思う。また、この問題に対して堀江・インカピロム・プリヤーはこうも述べている。

 “この対人距離の意識の差が、相手に対する「冷たい」「親しくなれない」「なれなれしい」「図々しい」等の解釈の相違を生んで、コミュニケーション上のすれ違いや誤解を引き起こす原因となる可能性も十分にあり得ると思われる。”(堀江・インカピロム・プリヤー,2000,P.110)

 私は、コミュニケーション上のすれ違いや誤解を引き起こす原因となっているのは「親友」という人間関係の対人距離からは言えないと思う。その国の文化や国民性、人それぞれの考え方の方がコミュニケーション上のすれ違いや誤解を引き起こす原因となっていると思う。
 このことを厳密に述べるためには、また別の調査をする必要があると思うので、ここでは私の意見だけで留めておくことにする。

2.「年長者」「目上の人」とはどのような人と考えているのか

 (3)の「年長者」「目上の人」とはどのような人を思い浮かべるかという質問については、1997,8年の集計と同様に日本人もタイ人も「自分より目上なら誰でも」という項目が、45.8%と67.0%で一番多い回答となった。私の2005年の調査では、タイ人が選んだ「自分より目上なら誰でも」以外の項目の回答は、大体均等に25.0%~32.9%の間の回答だったのに対して、日本人の回答は「会社の上司」が33.3%、「自分の両親」が25%となり、それ以外の項目は10%以下の回答数になった。このことから日本人にとっての「年長者」「目上の人」という概念の非常に高い位置に「自分より目上なら誰でも」「会社の上司」「自分の両親」がくることがわかる。1998年の調査ではタイ人にとって「自分の両親」は7項目ある中で1番目、「会社の上司」は5番目の回答の多い項目になっている。このことから、日本人にとっては「会社の上司」は「年長者」「目上の人」の強いイメージに位置づけられるが、タイ人にとってはそうでもないことが言える。また、私の2005年の調査の「自分の先生」という項目については、タイ人の回答数が26.1%であるのに対して、日本人の回答数は13.8%というように回答数にひらきがある。また、「両親の友人や知り合い」という項目についても同じことが言え、日本人の回答は6.9%と回答数が少ないのに対して、タイ人の回答は23.8%と日本人の回答に比べかなり多い。このことから「年長者」「目上の人」という日本人とタイ人の概念の違いが見られると言ってよいと思う。1998年の調査でも言えることである。この日本人とタイ人の概念の違いを踏まえて、行動すれば、お互いの違いを理解し、すれ違いや誤解の回避を助けるものになると私は思う。
 (4)の年長者または、目上の人のイメージについて日本人の回答が一番多かった項目は、「自分より年上で、経験を積んだ人」で、63.8%となり、多くの人が選んだ項目であった。タイ人の回答が一番多かった項目は、「良い事をするように教えてくれたり、指導してくれたりする人」で、39.7%となった。しかし、日本人でこの項目を選んだ人は18.0%であった。これはタイにおいての「年長者」「目上の人」が日本に比べてどれだけ敬われ、大切にされているかを表していると私は思う。タイでは、伝統的な最も一般的な「ワーイ(祈る時のように両手を胸の前で合わせ、軽くお辞儀する。手の位置を高くするほど深い敬意の念を表すが、指の先を目の高さより上げてはならない。(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.371))」を年上の人と会った時や何かしてもらう時には必ずする。昔は日本も「年長者」「目上の人」というのは誰かまわず尊敬されていたと思う。しかし、現在その風潮は薄れつつある。若者の中には、自分より年上の人と話す時に敬語を使わない人も多くいると思う。また、テレビでは若者が敬語を使えない社会になってしまったことについて問題になったりしている。過度な配慮をする必要はないと思うが、やはり自分より年上の人というのは、自分より長くこの世界で生活している人であり、それだけでも自分よりも経験を積んでいると言っていいのだから、日本人はもう少し「年長者」「目上の人」である人を敬い、大切にしなくてはいけないと私は思っている。



タイに住みながら日本の携帯番号を保持するなら格安SIMカード




HOMEへ レポートを書く TOPへ