ブアさんの“対照研究 「マイペンライ」~日タイにおける解釈の違い~”

1.友達との間で使われる「マイペンライ」


 実例1と実例2はいずれも友人と映画を見に行く約束をして、友人が遅れてやってきた時の会話である。実例1の集計は1997年の集計と同じように、タイ人も日本人も友人の対応を否定的に考える「失礼」「無責任」という意見が多かった。しかし、その項目を選んで回答した理由をタイ人と日本人で見比べて見ると「失礼」「無責任」と否定的な回答ということは同じだが、その理由に違いが出た。日本人は、「友人が遅れたことを謝っていないから」という意見が多く、「タイではよくあること、当たり前」「日本では非常識だがタイではあること、日本人の感覚としては失礼」というタイの社会に合わせて物事を判断した意見があった。タイ人の意見も「気分を悪くさせる」などの意見もあったが、「時間どおりに友達が来なくても映画はいっぱい回があるから大丈夫」「たぶん道が混んでいて間に合わなかった」「友達だから大丈夫」というように広い心で受け止めた意見や、「来ないよりもマシである」という友人が来ないことを想定した上での意見があった。
 実例2の集計は、1997年の集計と違い、(1)の日本人の回答にばらつきが出た。私の経験上、タイ人は友人が約束の時間に遅れて来ても実例2のように、ものすごく怒って友達がなぜ遅れたか問い詰めることはないように思う。タイはまだ日本ほど交通が整備されていないので、渋滞に巻き込まれて20分程度遅れてしまうことは少ないケースではない。今は携帯が普及し、ほとんどの人が携帯を持っているので、タイ人のある人の回答のように「遅れるなら電話をするべき」という意見もその通りだと思うが、私はそのため回答にばらつきが出たと思う。
 (2)(3)においてタイ人の回答数が一番多かった「失礼」「無責任」の理由として、「ご馳走することで友人の機嫌をとろうとしている」「ご馳走するから」という意見が私は気になった。なぜなら自分が悪いことをした時に、それの代償としてご馳走するということは日本的でタイ人の間ではされていないと思うからである。実際、(2)(3)の日本人の肯定的な回答の理由に「ご馳走するというところから悪かったという気持ちがわかる」という意見がある。日本人は自分が遅れてしまった場合などに悪かったと言う気持ちを謝罪の言葉とご馳走することで表すことが多い。しかし、私の経験上タイ人は、年上の人が年下の人に気持ちとしてご馳走したり、長い間会っていなかった人と会った時うれしかった気持ちとしてご馳走するなど、いいことやうれしかったことがあった時にご馳走することが多いと私は思う。
 カルチャーグラムIO2世界文化情報辞典〔第2版〕でもこのように述べている。

 “タイ人は内気で、人を批判したりしない。ユーモアのセンスを持ち、気持ちのよい笑顔を絶やさない態度を高く評価する。一方、大声で話したり、人前で怒りをあらわにし、自尊心のない態度を示すことは無礼とされており、タイ人の尊敬を失いかねない。”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.374)

 このことは私の経験上の話なので、根拠のある結論を出すためには、このことについての詳しいリサーチが必要である。
 実例4は1997年の集計と同様にタイ人は「親しい友人だから引き留めた」、日本人は「食事に誘うのが礼儀だからそうした」が一番回答数の多い結果になった。これは、日本人は友達がこの後、用事があるか何かで帰りたがっているということを会話の言葉の中で察し、相手のために自分の気持ちを抑え行動しようとしているためである。このような対応は日本人らしく、日本人は直接的に気持ちを言葉に表さず、あいまいな表現をする民族であるからであるためだと言ってよいと思う。逆にタイ人はカルチャーグラムIO2世界文化情報辞典〔第2版〕“タイ人はあるがままの自分や自分の持っているもので満足している。”(G.P.スケーブランド S.M.シムズ,1995,P.373)とあるように、友人に対して本音で接していると解釈できる。友人の言葉、態度から友人は帰りたがっているということを察しながらも、自分の本当の気持ちを表したのである。



簡単3分フォトブック、3営業日後に発送




HOMEへ レポートを書く TOPへ