蘭菜太郎さんの“チェンマイ裏街道”


第3話:売春婦の故郷をたずねて


 「チェンマイ」と聞くと、多くの日本人はいまだに“売春のメッカ”をイメージする人が多い。そして、偏った報道のせいもあるのだろう、売春婦は極貧の家庭に生まれた女の子が騙されて売り飛ばされ、劣悪な環境の中で労働を強いられる「かわいそうな」存在として認識されがちだ。しかし、果たしてそんな例ばかりなのだろうか? それを確かめてみたくて、彼女たちの故郷を訪ねてみた。

 ニット(仮名)は、「売春婦」になって約1年半になる18歳の女の子だ。プーケットで1年ほど働いた後、ここチェンマイの置屋に移ってきた。筆者はこの置屋のオーナーと友人で、たまたま遊びに行っている時、明日から田んぼを手伝うために田舎に帰るという彼女と知り合った。「それなら、車で送ってあげるから一緒に連れてってよ」と言うと快く承諾してくれ、思いがけなく彼女の故郷を訪ねることになった。
チェンラーイ県チェンコーン郊外にある売春婦ニットの実家の外観写真 チェンマイから国道118号線を北へ3時間、チェンラーイを抜けさらに3時間ほど北東に進んだところにあるチェンコーンが彼女の故郷だ。メコン川に面し、かつては「ジュオン」と呼ばれる王国が栄え、現在は北ラオスとの交易の拠点として発展が有望視されているこの町からソンテオ(乗合のピックアップトラック)で30分ほど進んだ、周囲に豊かな田園が広がる集落の中に彼女の家はあった。家は、質素ではあるがしっかりとした造りで、山岳民族の家とは比較にならないくらい立派なものだ。庭にはジャック・フルーツの木がたわわに実をつけており、ちょっとした菜園も作られていた。現在、この家には彼女の父親と14歳になる弟が住んでいる。母親は、彼女が小さい時に亡くなったそうだ。

 彼女が小さい時には、決して豊かではないものの生活していくのに困る環境にはなかったらしい。しかしながら、お決まりというか、父親が博打におぼれ借金を作り、また弟が中学に進学することになり、その学費を工面しなければならなくなったため、彼女は自ら進んで働きに出たという。
チェンラーイ県チェンコーン郊外にある売春婦ニットの実家の内部の写真 実際、家に帰っても彼女には一家を支えているというプライドがあるのか一番威張っており、父親や弟に筆者をもてなすよう、あれやこれやと命じている。バイクやテレビ、冷蔵庫などは一通り揃っており、「ここにカーテンを付けたいのよね~」とか言いながら、窓を指差したりしている。軒下には、まだ懲りていないのか、博打用のカブトムシが数匹サトウキビにつながれていた。

 「これだけ色んなものが揃っていれば、もう働く必要ないんじゃないの?」と訪ねると、「う~ん、でも今さら田んぼでずっと働くのもイヤだし、弟が中学校を卒業するまでは稼がないとね。」と笑うニットには、自分が売春婦をしているという後ろめたさも悲惨さもまったく感じることができなかった。確かに、彼女にとって、自分一人で一家を支えられるだけの収入が得られる仕事といえば、他にはないだろう。そして、父親も弟も、経済的にはもはや彼女にぶらさがらずにはやっていけなくなってしまっているのだ。

 筆者のことをどう思ったのか、「ニットはいい子だ、いい子だ」と盛んに話しかけてくる父親に相づちを打ちつつも、心の中にはむなしさと不可解さと困惑が入り交じったような、何とも表現のしがたい複雑な気持ちが駆け巡っていた。結局のところ、故郷には来てみたものの、何かを知ることができたかどうかよく分からない、というのが偽らざる心境である。



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