蘭菜太郎さんの“チェンマイ裏街道”


第2話:エイズ


 かつて、タイ人の間には「チェンマイに着いたか、着かないか?」という表現があった。“チェンマイには来た、しかしまだ女を買っていない(もう、買った)ので、本当にチェンマイに着いたことにはならない(なる)”というような意味だが、そんな雰囲気もエイズの登場によって大きく変わってしまった。

 ソムサック(仮名)と知り合ったのは、かつて定宿にしていたホテルである。彼はそのホテルの玄関先でいつも客待ちをしているサムローの運転手で、何度か客として乗っているうちに親しくなり、一緒に色々な遊びをしたり、家に行ったりするような関係になった、筆者にとっては最初のタイ人の友人といってもよい存在だった。
 ある時、チェンマイに到着し彼の姿を探したが見当たらないので家に行ってみると、前回、わずか3ヶ月前からは想像もできないほどに痩せ細ったソムサックが布団の中で体を丸めていた。そして、筆者の顔を見つけるとやっとのことで起き上がり、元気のない笑顔を浮かべるのであった。「一体、どうしたんだ?」と聞いても、「マイ・サバーイ(具合が悪い)だ」というだけ。家にはいつもいるはずの奥さんも見当たらず、その所在を聞くと「出て行った」という。“まあ、タイではよくある話だからな”とあまり気に留めなかったのだが、実は彼女はダンナがエイズにかかっていることを知り、2人の息子を家に置いたまま、別に男を作りどこかへ逃げてしまっていたのだった。能天気な筆者は、彼がエイズであるとはまったく思い至らず、ガンか何か別の病気に冒されてしまったのだと勘違いしていた。
 それから2~3日の間、ソムサックの病状は落ち着いていて、筆者がタラート(市場)から買っていったカオ・トム(お粥)なども、少しではあるが、口にするようになった。しかしながらその痩せ衰えた姿は、たとえそれが何の病気であるにせよ、死期の近いことを予感させた。
 そうこうしてさらに数日経ったある日のこと、いつものようにソムサックの家に様子を見に行ってみると、突然彼は全身を痙攣させ、白目をむいて意識を失ってしまった。あわてた筆者は、すぐ近くに住む友人と一緒に彼をかついで車に乗せ、病院へと運び込んだ。タイでできた最初の友人として、できる限りのことはしてやろう、と思っていた。しかしながら、病院のエマージェンシー・ルームの前で待っていた筆者と友人のところにやって来た医師は無表情に1枚の紙切れを見せた。そこには英語で“HIV +++”と書かれていた。そして、「もうこれでは助からないし、治療もできないので連れて帰ってくれ」と冷酷に告げるのであった。
 ソムサックは、病院から連れ帰った翌日、静かに息を引き取った。その死顔は、まるでそれまでの苦しみから開放された安堵に満ち溢れているかのように安らかだった。

 最近、チェンマイには一時期全滅状態であったコーヒー・ショップ(飲み屋の体裁を取った置屋)がまた復活し始めているようだ。しかしながら、その一方で現地の新聞には、市内某ソープランドの女性を検査したら3人に1人がHIVに感染していた、という記事が載っていた。「ボ・ペン・ニャン(チェンマイ語でマイ・ペン・ライ)」では済まされないのが、エイズである。



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