ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(9)

BY:蘭菜太郎

≪注≫本文中に登場する人物などは、すべて仮名です。また、写真と本文とは一切関係ありません。


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■第41話:ダムロンが抱える爆弾の発覚(3)


ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(41) 仕掛けてからわずか1時間ほどで大物がかり、ダムロンとウイラットは色めき立った。

 早速に大物がかかったというのは偶然かもしれないが、ケミカルライトを魚が嫌うことはないとわかったので、早速自分達の仕掛けにもつけてみたいと言い出した。ウキが見えるので、魚が寄り付いて吸い込み針にかかるまでのプロセスがわかり、すごく感動したのだ。
 私が持って来たケミカルライトを全部出すと残りが4本あり、ちょうど全部に仕掛けられる。仕掛けてからまだ2時間もたっていないが、ついでに全部の仕掛けの練り餌をつけ替えて、それぞれのウキにケミカルライトを取り付けてポーンがそれを持って泳いで沖に行き、戻って来たのは9時頃であった。100mほど先の水面に、今度は5つの明かりがほぼ等間隔に並ぶことになった。周りの釣り師が「お~いダムロンよ、祭りが盛んになって来たぞ」と大声で冷やかして来る。ダムロンは「ああ、何しろローイクラトンだからな。盛大にやるんだ」とやり返す。常に釣竿のそばにいて、ひっきりなしにハンドライトで目印を確認しなくてもウキが見えているので、これは楽である。皆が焚き火の周りに集まって、中断した夕食をつまみながらワイワイと魚がかかるのを待つことになった。

 「ところでよ、お前が始めるという仕事のことなんだけどよ。何でまた急にそんなことを始める気になったんだ?いくら金がかかるかわかっているのか?」とウイラットが言い出した。「前にも言ったように、ダムロンの許しを受けてティップがやるんだよ。別に私がやるわけではない。急に決めたわけでもなくて、ティップには前回来た時に話をしたし、田中さんと話し合って出資を決めたのはかなり前なんだ。さらに、ダムロンと何かの商売をやりたいと思ったのは実はもう2年以上も前のことなんだ。でも、ダムロンが刑務所に入ってしまいできなかっただけだよ。金のほうもいくらくらいかかるか、だいたいのところはわかっているよ。むろん自分もいくらかは使うけど、ダムロンはポケットマネーを出してポーンの仕事場を作ってやったんだろ?ポーンはとてもありがたかったと思うんだ。それと同じとは言わずとも、似たようなものさ。田中さんと2人で折半で、遊びのためのコミューンを作ろうと決めたんだ。儲けるための出資ではなくて、自分達の遊び場を作るための出資だよ。だから、そんなに深刻になることもないけど、少しは実入りがないと実際に商売するティップが長続きしないので困るだけだよ。」と、私は田中氏との共同出資のいきさつを説明する。するとダムロンが、「賭けごとだって、仕事でやれば遊びじゃないんだよな」とか言っている。「何を言ってるんだ。賭けごとはいくら一生懸命やろうとしょせん遊びなんだよ。商売も博打のようなものだけど、遊びではないと言ったんだよ」と私が言うと、「そうか、仕事で博打をすれば商売になるのか」とわけのわからないことを言ってる。ソレハナニカチガウゾ!!
 頭をかかえてしまった私に、ウイラットが「何だ、お前は博打で遊ぶために商売を始めるのか?」と、さらにわけのわからないことを言って来る。ゼンゼンハナシガチガウヨ~!!

 ガヤガヤと、わかったようなわからないような話をしているうちに時間がたち、2時間ほどたった11時頃、今度はダムロンの釣竿につながる真ん中のウキの明かりが明滅している。“これは来たぞ!”とダムロンと釣竿のところに駆けつけると、目印の練り餌ははまだ動いていない。しかし、ウキの明かりは明滅を繰り返している。これはもしかしたら小魚でもかかったかな、とも思ったのだが、もし大物が寄りついているためのアタリだともったいないので、しばらく様子を見ることにした。
 ダムロンと2人で竿の前にウンチ座りをしてしばらく待っていると、何と今まで注視していたウキの左隣のウキの光が突然消えた。少しの間の後、左隣りの釣竿の竿先が、いきなりググッと引かれるように動いたのが、没っしかけた月明りにハッキリ見えた。この釣竿もまたダムロンの責任下の釣竿である。フリー状態になっているリールから、ジャジャジャ~ッと糸が出て行く音がしている。
 ダムロンが大あわてで釣竿を手に取りリールをロックすると、カラ合わせをするまでもなく、すぐに引っ張りっこが始まってしまった。それでもダムロンは引き合いをしながらも、懸命にカラ合わせのアクションを加えていた。これもかなりの大物らしく、最初にかなり沖まで行かせてしまったこともあって、ダムロンは手こずっていた。右に逃れようとする魚を抑えきれず、例の明滅していたウキの仕掛けを巻き込みそうになった。後ろで見ていたポーンが右側の釣竿を持ち、素早くリールを巻いて仕掛けがからまらないように動かしていた。普通ならもう魚は疲れ始め、沖ではなく深みに逃れようとするのだが、やたら元気な魚らしくまだ突っ走っている。ダムロンが少しずつリールを巻いて寄せるが、いくらも寄らないうちにまた走り始め、ジャジャ~ッと糸が出て行く。かなりの時間をかけてやっとすぐそこまで寄ったかと思うと、また暴れて深みに逃げようと抵抗していた。
 ダムロンが30もかけて釣りあげたこのやたらと元気な魚君は、巨大なノーンチャンであった。イソックと呼ばれる紅魚と同じく、このノーンチャンも鯉の仲間なんだろうが、引きの強いことで知られる獲物である。しかも、こいつは80cm・8kgもあったのだ。さすがのダムロンも疲れ果てたのか、ポーンが獲物を大きな玉網で取り込んだ途端に、釣竿を放り投げて座り込んでしまった。かわるがわる左右の二の腕を揉みながら、ハアハア肩で息を吐いている。しばらく動かないのでよく見ると、顔にビッシリと汗をかき右手を胸のあたりにあてて顔をしかめて苦しそうにしていて、ハアハアと荒い息づかいが止まらない。大物を釣って疲れただけではなく、本当に具合が悪くなってしまったようだ。
 1分ほどたってから苦痛の表情が治まり、今度は当惑の表情のようになり、そしてすぐに苦笑した。私が「どこか具合が悪いのか?」と聞くと、イヤ、もう大丈夫だと言って立上がる。獲物から針が外され、玉編みの中で暴れる巨大なノンチャンを、ワイワイと見てる皆の方に歩いて行った。私はダムロンの具合がとても気になり、暫くは様子を見ていたが、その後はもう具合の悪そうな様子は見られず、いつものタフなダムロンに戻っていた。
 「いや~、もう大きいのを釣りすぎちゃって、本当に具合が悪くなっちゃったよ。お前のように疲れてなくて元気な奴がうらやましいぜ。」とか言って、まだボウズのウイラットをからかっている。ウイラットが「フン、隣の竿に来た時のあの慌てようっっていったらなかったぜ。大騒ぎをするもんだから、こっちは釣れなくて迷惑してるんだ」とか言い返している。その日の夜釣りはそれが最後の大物となり、2度の餌替えをしたがアタリはなく、ついに夜が明けてしまった。明け方からは小物釣りをティップやパンとで楽しみ、ダムロンの具合のことも忘れてしまった。「そろそろ終わりにしよう」と声がかかり、私が手や顔を洗いに水際に行って、持って来たホテルの石鹸で洗い始めると、ダムロンとパンがやって来て石鹸を貸してくれと言う。3人でジャバジャバ仲よく顔を洗っていると、いきなり“ドン!!”と来た。私の左前4~5mのところの水面がパッと弾ける。あわてて後ろを振り返ると、ウイラットがピストルを構えてほくそ笑んでいる。このお巡りさんは自分に大物が釣れなかったので面白くないらしく、またぞろ拳銃をぶっ放しているのだ。まったく危ないったらありゃしない……。「おいおい、空に向けて撃っても危ないのに、人のいる方を狙うなんてとんでもない、何てことをするんだ!!」との私の抗議をせせら笑いながら聞いている。ダムロンが「全然当たらないじゃないか、ここを狙え」と言って、私の心臓を指差してる。まったく、どいつもこいつもバカやってんじゃないよ。本当にもう危ないだろう~!!

 サンパコーイに帰り着いてからも、釣った鱒で腹ごしらえをしたりしてダムロンの具合のことは気にかけなかったのだが、あの時の苦痛の表情はダムロンが最初に見せた心臓発作の症状であったことが、少し後で分かるのである。

 ダムロンは爆弾を抱えていたのだ……。


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■第42話:ティップの店を造る(1)


ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(42) 翌日、昼過ぎからダムロンの家に行くと、ダムロンはいつものように釣りの仕掛け作りをしていた。ブンがそれをそばで見ている。ダムロンが手を休めて、「来るのを待っていたんだ。出店のための心当たりがあるので、これから早速に見に行こう」と言った。
 「そうそう、善は急げだよ。そういうことなら是も非もない、早速見に行こう」と私が言うと、遊びに来ていたブンが、「ダムロンが言うには何事も見て、触って、なめ回さなければ、良いか悪いか分からないんだってな」とか、妙な手つきをしながら言って笑っている。「たぶんその通りだけれど、ブンが言うと何かイヤらしく聞こえるな。断っておくけど、普通のまともな商売をするつもりであって、おかしな仕事をする気はないんだからな。ブンがそんなに大喜びするほどの商売じゃないけど、遊びに行けば友達がいて、安心できるところにしたい。それにはまず、まともな仕事であることは当然で、来た友達を気楽に歓待できる程度に暇があって、かつ儲かる商売をしなくちゃならない。そのくらいはブンにも分かるだろう」と私が言う。ブンはフンフンとうなずいてる。本当にわかっているのかな……。
 私はこの時、このようにダムロンが本当にまともな仕事のために、自主的に現実的な行動を起こしたのは、これが人生で初めてのことではないだろうかと思い、それがとてもうれしかった。これまでダムロンは、自分には正業など絶対に無理だともう完全に決めつけていて、女房にまともな商売をさせようなどという発想は、今までまったく考えたこともなかったのだ。安心は裕福に勝る幸せなんだ、と説いたところで、すさまじい阿修羅のような世界でしのぎを削ってこれまで生きて来たダムロンに、そんな言葉は念仏と同じであろう。そんなダムロンがまともな仕事のために本気で動いたという、普通なら当然のことがうれしかったのだ。

 ダムロンの言う心当たりの最初の場所は、サンパコーイからピン川をはさんだ反対側にあるワローロット市場であった。実際にすでに貸店舗になっている空き店があり、それはいくつかある市場の中の通り道でも、特に人通りの多い通りへの出入口の角地にあたるよい場所であるがいかにも手狭だし、こんな場所だとさぞかし家賃も高いことだろうと思えた。「いくら何でもこれでは狭すぎるし、場所がよすぎて我々の考えている商売程度で利益を上げるのは大変だと思う。こういう場所は引っ切りなしに客が来る。薄利多売の商売には向いているけど、そんな商売をするとものすごく忙しくて大変なのでやめようぜ」と言い、次の場所を見ることにした。
 そして行ったのは、街の中心近くの路地に面した、上がアパートになっている新築の建物の角に位置した店だった。上のアパートも借りられるとのことだったが、合わせれば当然家賃はかなりの額になることだろう。
 「なあ、ダムロンよ。ダムロンが釣った魚でティップがバナナの葉焼きを作り、それを売ってこづかいを稼ごうと言ってるんだ。その程度ならティップにも出来ると思うんだ。でも、その程度の商売ではここの家賃を稼ぐことはむずかしいと思うよ。さっきの市場の店では小さ過ぎるし、ここは大き過ぎる。ともあれ、もっと沢山の物件を見てみたいな」と私は言った。
 その後もいくつつかの貸し店を見てみたが、いずれも帯に短したすきに長し、“これだ!”という物件はなかなか見つからなくて、これはある程度は妥協が必要なのか、とも思い始めていた。

 その翌々日のことだったか、私はネパールで田中氏が言っていた提案を突然思い出した。それは一番簡単で長続きしそうな方法として提案されたもので、ダムロンの家の敷地内にティップの小店を建ててしまうと言うものであった。しかし、いかに小店でも建物を建てるとなるとかなりの資金が必要と思われ、二の足を踏んだのだ。これをダムロンに話すと、一瞬驚いた様な顔をしてから、「それはよい考えだけれども、やはり金がかかるぞ」と言う。ダムロンも具体的にはどの位の金がかかるかはわからず、それでもまあちょっと聞いてみようかとなった。場所的にはサンパコーイの路地裏だが、自宅であればこれ以上行き来に便利な所はない。この辺に住んでいる貧乏人相手であり、当然大した商売にはならないだろうが、田中氏の言う通り長続きはしそうだ。
 ダムロンと2人で筋向かいに住んでいる、大工のヌックの家に行って話を聞いて見る。すると意外にも、床天井のない、平屋の雑貨店程度を作るならば、たいした金額ではなく、チョットした店を借りる際の保証金程度で、建物は建ってしまうのであった。あとは内装と備品であるが、これは店を始める以上は必ずかかるもので、結局は借り店を開店させるのと、必要資金には大して変わりないことがわかった。ロケーションの問題以外はすべてが理想的である。この田中氏の提案にティップは驚き、そして大賛成し、これですべてが決定した。
 善は急げで早速ヌックをダムロンの家に呼んで、具体的な店の造りと目算の見積もりを聞いて見る。店の場所はダムロンの家の建物と道路までの間で、間口が5mの奥行きが7~8m。床はセメントの打ち放しで十分。屋根は平屋根で、屋根材は石膏材が丈夫で値も安いと言う。この屋根は高床式住居のダムロンの家から直接出入りできるように、奥を高くしてダムロンの家とつなげるとのこと。だいたいは鉄骨プレハブに近い造りになるようだ。「それで、内装はどのようにするんだい?」と聞くと、何とダムロンもティップも、「そんなものはいらない」と言うのであった。「壁のほとんどはおそらく商品で埋まるだろう。おかしければ後で何か考えるさ」と言う。これで、店の工費はさらに格安となった。あとは、ショーケースや飾り棚を揃える程度で、精々値の張るものは冷蔵式のショーケースくらいである。
 考えあぐねていた目的の店が、あまりに安く簡単に出来てしまう事実を理解すると、逆に不安が頭を出して、“本当にこんな路地裏で何か商売が出来るのかな”と、考えてしまう。でも、出費は商品の仕入れ代だけで、光熱費以外の家賃がタダというのは何ともすばらしい。固定費がほとんどないので、商いが少なければ仕入れを少なくして、出費を臨機応変で抑えられ、資金繰りの行き詰りを防げる。その日はとにかくダムロンの家の前に、建て増しする形で店を作ることにその場で決定し、これをヌックに頼むこととなった。

ウーン、しかしどんな店が出来るものやら。


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■第43話:ティップの店を造る(2)


ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(43) 翌日、昼前にダムロンの家に行くと、家の前がすっかり片づけられ、パンとブンが竹の仕切り塀を取り外していて、そばでダムロンとヌックが腕組みしながらその様子を見ていた。「何だ、もうあらかた片づいたじゃないか」と言いながら近づいていくと、「いや、ここまでは簡単だが、これからが大変なんだ。まずは、あいつを何とかしなければならないんだよ」と言ってダムロンが指差したのは、敷地の片隅に生えているマンゴーの木であった。直径が30cmほどあるその木は、毎年たくさんの実をつけて、それをダムロンの家族がムダなく食べていたのであった。
 「なんだ、切ってしまうのか。そいつはもったいないなあ。何とか残してやれないのかい?」と聞くと、ダムロンはすでに同じ質問をヌックにしたのであろう、“そうなんだ”と言った顔でヌックの顔を見ている。ヌックは困ったような苦笑いを浮かべながら、「あれを残したんじゃあ、見た目も使い勝手もまったく悪くなってしまう。まともな建物を作るためには、どうしても切らなくてはならないよ」と言う。
 そのマンゴーの木を取り除くのは、ダムロンの予想通りえらく大変であった。まずは根元を切るのだが、ヌックの貸してくれたノコギリはとてもプロの大工が使うとは思えないやわな代物で、こいつで結構な太さの生木を切るのは難儀である。しかも、切り残しを短くするために下の方から切ったので力が入らず、大の男が代わる代わるがんばっても一向に切り進めなかった。結局、最後は木の周りにぐるりと深さ数センチの溝を切り、みんなで蹴って折り倒してしまった。それから根起しをしようとしたのだが、木の根は堅い大地にガッチリと食い込んでいて、完全に取り除くのはさらに大変であることがわかった。ヌックが「このままでもだいじょうぶだ」と言うので、結局は刈り株をノミで短く削り取って、そのまま残すことにした。
 マンゴーの木をようやく取り除くと、昼飯にしようということになり、ダムロンの家の下の縁台でパンが買って来たカーオマンガイの弁当をごちそうになる。その間も、ダムロンはヌックと仕事のことを話し合いをしている。なんでも、午後には土台のための砂利が運ばれて来るそうで、それからが大変なのだと言う。どうやら、ダムロンは店を建てるのにヌックのほかには人を頼まず、自分達ですべてをやるつもりらしい。
 ますますもって、どんな店ができるものやら心配になってくる……。

 昼飯が終わると、ダムロンに言いつけられてケオとソムサックも出て来て、みんなと土ならしや穴掘りを手伝っている。ふたりとも、見たところは元気そうである。
 ダムロンが戻って来たからには、彼らに対する監視も当然厳しくなっているのだろう。確かにこのところはおとなしくしているようだ。奥の方ではふたりの奥方、ニンとボアライがティップと一緒にどかされた鉢植えなどを整理している。家の前の通りでは、年長の子供が年下の子供の面倒を見ながら遊んでいた。どうやら、久し振りにダムロンの家族がひとつの目的でまとまることができたようだ。

 コレコレ、これがほしかったのだ。

 この協力体制なくして、このコミューンづくりの真の成功は有り得ないのである。それにしても、いったいぜんたいどんな店ができるものやら……。

≪つづく≫



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