ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(8)


BY:蘭菜太郎

≪注≫本文中に登場する人物などは、すべて仮名です。また、写真と本文とは一切関係ありません。



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■第36話:一家の光と陰


ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ウィラットは「オレの紹介したあの弁護士は、以前うちの所長とどなりあいのケンカをしても一歩も引かなかった猛者で、しかもすごく頭のキレる奴なんだ。ほとんどどの警官が彼を知っており、みんな一目置いている。本当に頭のいい奴は敵を作らず味方を作るんだな。検事局の中でも、彼には一目置く人間が多いんだ。あの時はチェンマイ警察の管轄からはずされていたので、オレは何もできなかったが、起訴を決定する検事局は同じなので、きっと役に立ってくれると踏んで無理やり頼んだんだ。結果はご存じの通り、望み得る以上のものだった。弁護士の仕事も最高だったし、ダムロンの完全黙秘もすごかった。聞いた話では、取り調べ中捜査官にいくらどなられようが殴られようが、ただジッと怖い目を向けるだけでウンともスンとも言わないので、捜査官はえらく薄気味悪がっていたそうだよ。普通、そこまで黙秘を通せる奴はいないからな。知っての通り、ダムロンは肝の座りかたが普通ではないんだ。もしかしたら、奴は完全に無神経なのかもしれないな。」とか言っている。パンやブンは、“お前ら、真面目にやってるのか!”とどなられるのが怖くて、普段ウイラットにはあまり近づかないが、私が楽しそうに話してるので安心したのか、2人ともそばに来て話を聞きながら笑っている。ティップもこれを聞き、声を上げて大笑いしている。「おいおい、いくら何でも、主の留守にさんざんタダ飯食らって、おまけに主の悪口を言って、みんなでさんざんの笑い者はないだろう。」と言うと、それもそうだな、ということで、またみんな大笑いしていた。

 この時はみんな、もうすぐダムロンが帰って来るとの思いで、とても浮かれていたのである。ウィラットがティップの夢見るような浮かれた様子を見て、「見てみろよ。まるで嫁入り前の小娘のようにはしゃいでるぜ。まったくやってらんないね。」とか言って、笑っていた。

 しかし、後から思えばこの時にはもう、ダムロンが戻ってもすでにどうにもならないほどの数々の悪い要因に、この家族はガッチリと捕らえられていたのである。ところが、その悪い要因に気がつくのはそれから2年近くもたってからで、次々と不幸が訪れ始めるまでの2年間が、この家族の幸福の絶頂期でもあった。しかも、その幸福の大部分はティップとダムロンのもので、ケオやソムサックや彼らの家族には幸福は少ししか行き届かなかったようだった。この時にも、みんなが縁台のまわりに集まって楽しそうにしているのを、ケオとソムサックがそれぞれの家から、暗い目で見ていたのを印象深く覚えている。この家族の悪い要因の第1番目と第2番目はもうすでに、他人との心のつながりを喜びあうような精神的な余裕を失っていて、ただ酒と麻薬に溺れてしまっていた。2人とも何の仕事をするでもなく、相変わらず家族に見張られながらの生活に甘んじている。ソムサックの奥方のニンは、ソムサックが酔って手を上げたとのことで、この時にも実家に帰っていなかった。一方のケオの奥方ボアライは家に引きこもってほとんど顔を見せないが、やんちゃ盛りの2人の息子がとても不憫に思われてならなかった。


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■第37話:ダムロン、出所する


ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ 1990年の10月はじめ、1ヶ月半ぶりにダムロンの家に遊びに行った。ダムロンは、もう数週間前に仮釈放になっているはずなので、チェンマイに着くとすぐにご機嫌うかがいに行ったのだ。

 私が家に着いた時、ダムロンは鼻歌を歌いながら釣りの支度をしていた。私の顔を見ると、まずは言葉もなく“ワーッ!”と言って私に抱きついて来た。互いに背中を叩き合って、2年間の接見での言葉を交わす以上の再会を喜びあった。2年前には日頃の不摂生のためにだいぶダブついていた身体が、かなり締まったのがわかった。「これはまた、ずいぶんとスタイルがよくなったじゃないか」と言うと、「刑務所は食いものが悪いからな」と言う。「でも、今のほうがカッコいいし、第一健康そうだぜ。身体のためにこれからも刑務所から食事を出前してもうらといいよ」と私が言うと、「よしてくれよ。おかげで、以前の服はほとんど寸法余りで着れなくて困っているんだ。早く体重を戻したいんだからよ」とか言っている。ティップが冷たいコーラを私に勧めながら、「このところ、日に5回も食べるんですよ」と言って笑っている。まもなく舎弟のパンと居候のパーンがやって来て、「いや、もうすでに体型は崩れ始めてる」とか、「腹の出ていないダムロンはダムロンらしくない」とか、それぞれ好き勝手なことを言っている。ワイワイと皆と話をしながらダムロンが作っているのは、どうやら大物釣りの仕掛けのようである。この時、ダムロンは12号ほどの大き目の吸い込みの仕掛けの糸の結び目に、接着剤をつけて強度を増加させていた。「ウィラットと夜釣りに行くのかい?」と聞くと、ウィラットとは週に2回ほどで、後はパン達と行ってると言う。「そりゃあ普通仕事をしている人は週2回も行けばせいぜいだよ。まして夜釣りでは、翌日はほとんど何もできないだろうから、仕事をしてなくても毎日は物理的に無理だろうよ」と言うと、「そうなんだ。1日おきにしか行けないんだ」と、とても残念そうに言っている。思った通り、ダムロンは完全に大物釣りにハマってしまっているようだ。「それで、その釣果のほうはどんなだった?手ごたえのあるのが釣れたかい?」と聞くと、ダムロンはニヤリと笑った。おもむろに開けた冷蔵庫には、ギッシリと魚が詰まっていた。2つ3つに切られて冷凍庫で凍っているのから、調理の途中のものまで、ものすごい量である。どうやら、今やティップの片手間ではさばき切れないくらいの魚があるらしい。嬉々として語るダムロンによれば、今までの最高の獲物は12kgのプラーレンとのこと。こいつは100cm以上あって、釣り上げるのに1時間近くかかったという。
 「そいつをもう少しで取り込もうとしてる時のダムロンの顔はすごく怖くてよ、俺はもしも糸が切れたら、ぶん殴られるんじゃないかとハラハラしたよ」とパンが笑いながら言う。ダムロンが、「何を言うか。お前こそ女みたいな悲鳴をあげやがって。お陰で周りの釣り仲間が喧嘩でもしてるのかと思って見に来たじゃないか」と言い返していた。「次はいつ行くんだ?」と聞くと、「昨日の朝戻って来たので、いつもなら今日は昼から釣りに行くところなんだが、実はこのところ連荘だったので、今日は骨休みにしたんだ」と言う。「それはちょうどよかった。今日は着いたばかりなのでちょっと無理だけど、明日なら一緒に夜釣りに行けるよ」と私が言うと、「そうか、明日はウィラットも一緒に行くというから、こいつは顔ぶれが揃うな、久しぶりに皆で行って大騒ぎをしよう」とか言っている。「オイオイ、釣りに行くんだから大騒ぎはダメだよ。でも、魚にわからないように、少しだけ騒ごう」ということで、明日の釣りの話は簡単にまとまり、まずは出所祝いだということで、まだ夕方だったがチェンマイコカに、皆で夕飯を食べに行くことになった。ティップはケオとソムサックからは目を離せない、というので、この病人のような不肖の弟2人も無理やり連れ行くことになり、ケオの家族、パン、パーンとブンなど、10人以上でチェンマイコカに乗り込み、この時にもタイスキをたらふく食べた。食事中、ダムロンはうれししかったのだろう、刑務所での小事や釣りの話、結婚した2人の妹のことから仏頂面で同席している2人の不肖の弟への小言まで、えらく興奮した様子でひとりしゃべり続けていた。


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■第38話:ある提案


ダムロン物語(38)イメージ写真 皆がタイスキで腹いっぱいになり、ダムロンのおしゃべりも途絶えたのを見計らって、私はこの場で切り出そうと思っていた事柄に話を持っていくために、ダムロンに素朴な、かつ重要な質問をした。
 「それで、ダムロンはこれから何をするんだい?死ぬまで釣りしかしないつもりなのか?まあやっていけるうちはそれでもいいけど、扶養家族も多いことだし、やりくりしていくティップは大変だと思うんだ。ダムロンのことだから、いつまた刑務所に逆戻りするかもしれないしさ」と冗談半分に言うと、「実のところ、今は何も考えていないんだ。いや、色々考えてはみたのだがどの仕事もむずかしいだけであまり儲かりそうになくてよ。本当はお手上げの状態なんだ。だから今は何も考えていない、ということだ」とか気楽なことを言っている。しかしダムロンの場合、何もしていないということは警察に捕まる心配もないということで、それは本人にとっては無論のこと、関係者全員の安心でもあった。

 実はこの時、私にはひとつの提案があったのだ。これは田中氏と2人で話し合って出た提案で、ティップに小店をやらせてみようというものである。彼女がいつも作っている魚のバナナの葉の焼き物は、なかなかという以上のものであることを田中氏もよく知っており、あれは絶対に商売になると踏んでの提案であった。すでにかなりの量を毎日売っており実績もあるのだから、本業にしてもいいのではないかということなのだ。
 ティップがそれをこなせれば、ダムロンをはじめ多少の扶養家族を養うのも大したことではなくなるし、ティップひとりでは無理でも、手伝いくらいはできる人間は大勢いる。「小さな商売だが、どうだいダムロン、ティップにやらせてみないか。ティップ、やってみたいとは思わないか?」と2人に話をすると、ティップが珍しくやってみたいと意思表示をした。もっとも、彼女には前回チェンマイを離れる時に、“こんな提案があるので考えておいてくれ”とすでに伝えてあったので、彼女も心を決めていたのだろう。どう考えてもたいした商売にはならないと思ったのか、ダムロンは最初は消極的であった。「そんな程度では生活はできない」と言うのだ。「いや、それはダムロンのこづかいまでは無理だろうが、皆で飯くらい食えるし、たとえ小額でも日銭が入るというのはとても生活が安定するものだよ。第一、ティップの活躍の場ができて彼女自身の張り合いも出てくる。ダムロンは考えたこともないだろうけど、仕事は収入以外のものも人に与えてくれるんだ。一般的に、仕事をしていない人は普通の生活をしていないということで、ものすごいお金持ちか、よほど悪いことをしている人と相場が決まってるんだ。普通の人には職業というものがあって、それが生活の基盤になっているんじゃないか。普通の人は、皆その仕事や生活の中で一喜一憂を繰り返してるんだよ。それが普通なんだよ。ダムロンのように、外からそれを眺めているだけでは人の生活をしたことにはならないんだよ。無論たいへんな部分は避けられずあるけれど、仕事というのはやってみると結構楽しい部分も多いんだぜ。特に、自営業なら仲よしが集まって気楽にやれるし、楽しいと思うけどな~。」と、私は自分なりに精一杯力説してみた。
 無論、普通の生活をしたことのないダムロンに、それらの言葉が通じるとも思わないが、ダムロンに初めて訪れたまともな人間になる機会であるのに、ダムロンも周りの人間もまじめに受け止めていないことへのいらだちもあり、いつになく説教じみたことをダムロンに言ってしまった。ところが意外にも、私がいまだ流暢とはほど遠いタイ語で力説したこの言葉は、ダムロンの心を揺さぶったのである。いや、それ以上にダムロンの心を揺さぶったのは、ティップの意思表示だったかもしれない。以前は、ダムロンの前では自分の意見など言うことはほとんどなかったのに、その時は私の言葉にいちいちうなずき、ダムロンの手を握って“この仕事がしたい!”とせがんでいた。彼女が、自分の求めるものをこれほど強く意思表示することは今までなかったのだ。ティップは、この2年でとても強くなっていた。ダムロンが刑務所に入っていた間、一瞬でも目の離せない家族を何とかまとめてきたのだから、強くなって当然である。
 ダムロンは、しばらくティップに握られた手を見つめながら考えていたが、意を決したように身動きしてからティップを見て、「本当にやりたいのか?」と確認した。ティップは、しきりにうなづいている。ダムロンは私のほうに向き直ると、「始めるのはいいが、結構金がかかるぞ。」と言う。私は、「それでは、やらせてもいいんだな?開業資金のほうは、すでにだいたいのところは計算済みなんだ。店の規模にもよるけど、特別な機械も備品も必要ないので意外に金はかからないよ。重要なのは、ダムロンの許可と皆のやる気だ。ティップ1人の仕事ではなく、この家族の仕事として皆に協力してもらわなくちゃならない。だからこそ皆が揃った今、この話をしているんだ。まだ、どこでどうするかもわからないけれど、ダムロンの許可が出たので早速動き始めようぜ。まずは明日ウィラットに会ったら、開業のために必要な手続きを聞いてみようと思う。ウィラットだって、きっと大賛成してくれると思うよ。」と私は答えた。
 私の思った通り、ウィラットは大変喜んだ。昼すぎにダムロンの家に行くと、もうすでにウィラットは来ていて、ニコニコ顔でいきなり私の手を握ってきた。「今ダムロンからえらくいい相談をされてるんだが、お前本気でやるつもりなのか?」とか言っている。「いや、別に私がやるわけではないんだ。ダムロンの許しを得てティップがやるんだよ。ダムロンとティップが本気ならもちろん本気さ。それで、雑貨や惣菜を売るような小さな店を開業する場合、どんな手続きが必要なんだい?」と私が聞くと、ウィラットはさらに笑顔を深め、「今ダムロンにも言ったんだが、そんなものはいらない。いや、本当は届け出なくてはならないのだが、届ければ課税対象になるので無届けでいい。何か問題が起きることもまずない。仮に問題が起きても、その時に何とでもできるさ。まったくだいじょうぶだ。」と言うのだ。別に株式会社を作るわけではないから、せいぜい登録程度であろうとは思ってはいたが、食品を扱うつもりなので、何がしかの認可が必要だと思ったのだ。「そんなことは、ある程度商売が軌道に乗ってから考えればいいんだよ。」とのウィラットの言葉で、完全に皆の決心が固まった。「それより、どこに店を出すんだ?何を売るんだ?ダムロンもティップも知らないと言っているし、一体何をするつもりなんだ?」とウィラットがたたみかけて来たので、私は後ずさりし、「ちょっと待ってくれよ。それらはこれから皆で決めることで、今私に聞かないでくれよ。でも、売るものは今も聞いた通り、雑貨と惣菜になると思う。別にそれにこだわっているわけではないから、変更や追加はティップにまかせるよ。問題は場所だな。店の場所だけは慎重に考えなければならないぞ。それが最初のハードルだと思っているんだ。」と私は言った。
 釣りも商売も、一番重要なのは場所である。適切な場所であれば、別に商売上手でなくとも、そこそこまじめにやってさえいれば、苦もなく商売は繁盛するものだ。「雑貨や惣菜なんかがよく売れそうな場所で、ティップや手伝いの人の負担を少なくするため、なるべく近くか、少なくとも行き来するのに便利でないと長続きはむずかしいよ。それに、家賃が高ければそれだけ商売への負担が大きくなる。負担は小さいほどいい。設備投資も、すればするほど当然金がかかり、それを維持するのにまた金がかかり負担になる。始める前には最低限にして、始めてからどうしても必要なものからひとつひとつ揃えていくべきだ。店のほうはこれから数多くの場所を見てみてそれから考えるとして、ティップはどんなものを売ったらいいか、それをどう展開して売るか、それにはどんなものが必要か、などをよ~く考えて、開店前に必要な最低限のものを揃える準備をしておくんだ。最初は、品数は少なく考えたほうがいい。肝心なのは、何を売りたいかではなくて、“何が売れるか”なんだ。商売とは、それを探し続けるゲームのようなものなんだ。うまく見つかると、たくさん景品がもらえる。ダムロンは賭けごとが好きだけど、商売は最高のバクチなんだぜ。持てる限りの頭脳と努力とある程度の金を賭けたバクチだ。ただ違うのは、それが遊びではないということだよ。」と私は説明した。


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■第39話:ダムロンが抱える爆弾の発覚(1)


ダムロン物語(39)イメージ写真 その日は予定通りにやや遅い昼食の後、ダムロン、ティップ、ウイラットと私、それに舎弟のパンの5人で夜釣りに出かけた。居候のパーンは、ブンと2人でケオとソムサックの見張りのために残った。
 行きがけに釣具屋に寄って道具を買い足して、肥料店で練りエサの材料を買い、市場では酒の肴や夜食のおかず、飲みものからお菓子まで大量に買い込んだ。
 釣り場に向かう車の中でも、話題はとにかく始めることになった商売の話になってしまう。「今、タラート(市場)を見て思ったんだけど、いっそのことタラートの中に店舗を構えるのもいいかもしれないぞ。もちろんタラートにも色々あるだろうけど……」と私が言うと、ダムロンは「商店街の中のホンテオ(タイ式の長屋)で2階も借りられるようなところならば、必ずしも家に帰らなてもいいから、遠くてもだいじょうぶだ」とか言っている。するとウイラットが、「俺の住んでいる宿舎の周りは最近すごく整備されて来てよ、あの辺りならば環境も客の質もいいぜ」などと、それぞれがてんでんばらばらに好き勝手なことを言い合っていた。

 釣り場に到着したのは、もう4時過ぎであった。いかに南国のタイであっても、秋は陽が短い。「今日は用意する竿の数も多いから急ごうぜ」とウイラットが言うと、いち早く車を降りたダムロンが下方に向かって両手でメガホンを作ったかと思うと、“アーラララッ!!”と、とんでもない奇声を上げた。まるでインディアンである。すると、はるか下方から“ホーイ!!”と返事が聞こえ、やがてポーンがダムの急斜面をはいずり登って来た。いかにも人のよさそうな、はにかむような笑顔で我々ひとりひとりに手を合わせてワイ(挨拶)をすると、私に「いつ来たんだ?」と聞いてきた。「昨日なんだよ。今日は大人数だが、またよろしく頼むよ」と私が言うと、「とにかく急ごう」と言って、早速小分けされた荷物を2つ3つ持って運び始めた。
 以前、ここを訪れた時には本当に何もなかったが、何と今では店ができていた。無論、堀っ建て小屋に毛の生えた程度のものだが、飲み物やつまみ、釣り餌なども売っている。この釣り場のすぐそばにはバス停があるが、肝心のバスを見たことは一度もない。まあ運行しているにしても、こんな辺鄙なところでどれほどの人が乗り降りするものか……。利用するのは、せいぜいここに毎度釣りに来ている常連たちぐらいのものではないだろうか。
 店は、休むスペースが大きく取られていて、昼寝をしたら気持ちがよさそうである。一部の釣り師達にとって、この店のオープンは画期的なことであった。
 “レストランができたのか、すごいな~!!”と感心してよく見ると、店の裏手のダムの斜面が始まるところに、サーカスの仕掛けのような妙なものがあった。それは木の柱で、洗濯物を干すのに使うにしては明らかにおかしい。柱は1本しかなく、そこから滑車を通してロープが下方に張られている。そして、その先は堤防に生えた雑木や雑草で見えない。ロープにはかぎが取り付けてあって、そのかぎには空っぽの籠が下げられていた。どうやら、下の釣り場まで注文があったものを出前するための工夫であるらしい。“そうか、なるほどなあ……”と感心しているとウイラットがやって来て、「この店が1ヶ月ほど前にできてよ、みんなで考えてコイツを作ったんだ。これのおかげで、暗くなってからでも買い物ができるようになったんだ。店はポーンの住まいも兼ねているので、ここは24時間営業みたいなもんだしな」などと言っている。
 みんなは、それぞれが急いで荷物を下に運び始めていた。先に行ったポーンは、早くも一往復して戻って来た。私も両手に荷物を抱えて、ダムの急斜面を危なっかしく降りて行った。これだけ毎日釣り人が登り降りしているので、何となく人が通った跡は見分けることはできるが、それほど歩きやすくなってるわけではない。せいぜい背の高い刺のある草が抜かれている程度である。何とか無事に水際まで降り着き、以前来た時にバラックが建っていた場所へ荷物を持って行くと、それは真新しいものに建て替えられていた。構造的にはほとんど同じで、地面に立てた4本の柱の50cmほどの高さのところに床が造られた小屋であった。椰子の葉で編んだ屋根がかかっているが壁はなく、床は竹でできている。しょせんは堀っ建て小屋ではあるが、前のものよりもいくぶんか大きく、数人での雨しのぎにはこれで十分である。
 ウイラットの話では、ダムロンが材料を買い、ポーンが仕事をして最近建てたとのことであった。これをポーンは便利に使っているらしく、釣具や魚網、衣服や生活用品が置いてあった。ダムロンによれば、ポーンはこの頃連日ここに泊まり込んで家に帰らず、そのかわりに家族がここに来て、ポーンの食事や着替えを持って来るんだとのことであった。そうか、ダムロンは釣りに来た時にだけ使うが、ポーンにとっては仕事場なのだ……。

 男どもが釣りの支度をしている間にティップは小物釣りを始めて、結構釣れている。私も一緒にやってみようかとも思ったが、もうすぐ日が落ちる今から支度を始めるのも億劫なので、みんなが馬鹿を言いながら大物釣りの支度をするのを何となく眺めていた。


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■第40話:ダムロンが抱える爆弾の発覚(2)


ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(40)イメージ写真 釣竿はウィラットが2本、ダムロンが私のためのものと自分用を合わせて3本の勝負である。
 以前と同じく、ポーンがタイヤのチューブを膨らませている。私はこの日のために用意をしてきた秘密兵器を出した。それは、当時の日本ではかなり一般的になってきた、夜釣りの集魚用使い捨てケミカルライトである。50m用であるが、山中の何の明かりもないところなら100m以上あってもたぶん見えるだろうし、最低でも集魚効果があるだろうと踏んで日本で買って持って来たのである。最近ではタイでも釣具店で普通に売られるようになったが、当時はまだほとんど目にすることがなかった代物である。
 「これを試してみたい」と言って、発泡スチロール製の手作りのウキの上の部分にねじ込む。「余分なものをつけると、いざという時に糸がからまって困ることになるぞ。本当にだいじょうぶなのか?」などとダムロンが言っているのを無視し、取りつけたケミカルライトを折って発光させるが、日が落ちてもまだ十分明るいので発光はほとんど目立たない。「こいつをいつも通りに落としてきてくれ」と言って仕掛けをポーンに渡す。ウィラットも横目で見ながら、「また妙なことをやってるな」とか言っている。
 ポーンが仕掛けを持って、水を掻きわけながらゆっくりとポイントまで泳いで行く。ダムロンが右だ左だもっと向こうだと、ものすごく大きな声で指示を出している。とても人の声量とは思えない、まるで虎が吠えるようである。仕掛けを落とし終えてポーンが戻って来たころにはもうかなり暗くなって、ケミカルライトが発光しているのがハッキリと見えてきた。ダムロンが一服しながら、「何だ、まるでロイカトーンみたいじゃないか。あれじゃあ魚に仕掛けがわかってしまうぞ」と言う。「いや、逆に集魚効果があるんだ。ここの魚にも効果があるかどうかを試すのさ。そんなに特別なものではなくて、日本ではどこの釣具店でも売っている普通のものだよ」と私が言うと、ダムロンは「まあ少なくとも浮きが見えるから楽しいわな」とか言っている。パンが焚き火を始めて、ティップが夕食の用意をしている。何でも、さっき釣った小魚でトムヤムスープを作るのだと言う。しばらくして完全に暗くなるころには、それらしいレモングラスの香りが周囲に漂ってきた。
 今や、ウキに付けたケミカルライトはこうこうと発光し、水面に青白い光を放っている。その夜はよく晴れていて天中に上弦の月が出ていたので、手元足元は十分見えるくらいに明るいが、ケミカルライトはそれにも負けずに輝いていた。少し離れたところにいる釣り師が、「お~いダムロンよ、祭りでも始まるのか」と大声で冷やかして来る。ダムロンが「そうだ。ロイカトーンだよ、ロイカトーン。ここへ来て一緒に呑もうぜ」とか大声で言い返している。
 パンがやって来て食事にしようと言うので、皆待ってましたと焚き火の周りに集まる。ポーンを加えて都合6人でワイワイと食べ始める。ガイヤーンと牛タンに豚の耳の焼き物、それにトムヤムスープ。夜釣りの食事としてはぜいたくすぎるメニューである。酒に酔うと当然眠くなるので、朝まで酔っぱらうことはできない。酒好きなダムロンも、この夜は水割り1杯だけにしていた。遊びとはいえ、皆で釣りをする以上は酔ってしまってはいけないのだ。

 しばらく皆で食事をしながらも、例のウキにつけたケミカルライトの輝きを何の気なしに見ていると、微妙に揺れる光がなぜか明滅しだした。“風に揺れているのかな”とも思ったのだが、今夜はそれほどの風もない。私が注視しているものだから、ダムロンもウキの明滅する光を見て、「あれは当たっているということか?」とかウィラットに聞いている。
 皆が食事をしながら注目していると、突然ウキの光が消えた。もう光り出さないことを確認してから私は立ち上がり、竿のところにかけつける。念のために、皆と同じようにつけてあった練り餌の目印を見ると、かなり下に落ちて揺れていた。道糸に触れると、ブルンプルンと確かに魚がかかっている感触が伝わってきた。途端にアドレナリンがドッと出たらしく、顔がカッと熱くなった。何とかこの興奮を抑えつつ、不慣れであるのでとにかく慎重にと、リールをロックしてから、見よう見まねのカラ合わせをすると途端にガツンと来た。ピュルルッと糸鳴りがして、突然強く引かれた。あわてて竿を立て直すと、ロックしてあるリールからジャーッとすごい勢いで糸が出て行く。

 デ、デカイ!!

 グングンとものすごい勢いで糸が引かれるたびに腕が伸びて行く。またあわてて立て直すと、さらに糸が出て行く。コイツは本当にデカイぞ~。
 ダムロンが立ち上がってこちらにやって来るのを目の端でとらえながら、伸びてしまった腕を補うように体を反らせて踏ん張る。そんなつもりはまったくないのに、踏ん張っている足が少しづつ前に出てしまう。その1m先は低い崖のようになっていて、もし落ちてしまったらアウトである。ダムロンが私の後ろに来て、ズボンのベルトをつかんで後ろに引いてくれたので、どうやら崖から落ちる心配はなくなっだが、魚はさら引きを強くして来て、全然寄せるどころでの話ではない。その魚の引きの強さは、非力な私の力の限界を超えていた。“このままでは取り逃がしてしまう”、そう思い、「だめだ~。ダムロン、かわってくれ~!!」と言って、ダムロンに釣竿をまかせてしまった。
 よし来た、と釣竿を受け取ったダムロンは、やはりすごいパワーであった。すぐに魚の動きを制御してしまい、しばしの引き合いの後にゆっくりと寄せ始めた。
 それでもダムロンはなお慎重で、20分ほどもかけてやっと取り込んだ獲物は、一度は釣ってみたいと思っていた巨大な鱒、プラーレンであった。後で計量すると、85cm・9kgもある大物であった。

 やった~!!ついに最高の獲物、巨大鱒を釣ったぞ~!!



3年連続利回りプラスの株式投資アドバイザー



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