ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(7)


BY:蘭菜太郎

≪注≫本文中に登場する人物などは、すべて仮名です。また、写真と本文とは一切関係ありません。



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■第31話:おめでた続き


 3月、この時ダムロンの家ではいろいろなおめでたが続いて、人の出入りが多かった。まずはダムロンの末妹、ニーパポンのにぎやかな結婚式があった。「これはちょっと約束が違うのではないか!!」と冗談半分に言いだす奴もいたくらいに、盛装したニーパポンの美しさにみんなが驚き、感動した。25歳という婿殿もえらくハンサムで、カッコいい。これは、誰もがうらやむ似合いのカップルであった。そして5日後、続いて話題の若年カップル、ウイとコップの結婚式があった。ウイは15歳、コップは17歳である。着飾ったウイはまるで天使のようであった。ふたりとも、“見るからに若々しい”を通り越して、とても子供っぽい。こんな子供同士が本当に夫婦としてやって行けるのだろうか、とみんな心配そうだった。
ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ウイの結婚式の3日後、ソムサックにふたり目の子供が生まれた。女の子であった。長女のノーンラップは障害を持って生まれたので、今回は五体満足であったことを誰もが喜んだ。ダムロンやケオがいないので、お祝いはごく内輪で行い、大げさなパーティーはしないと決まった。いや、もうダムロンは逮捕されてしまっているのだから、そんなことをしても何の意味もないのだ。翌日、私も家族・知人らとともに病院へ行き、赤子を見てきた。奥方のニンの産後も順調で喜ばしいのだが、誰もが肝心な当の父親であるソムサックのそのふがいなさを案じて、手放しでは喜べなかった。“おそらく、ソムサックはこの妻娘をえらく苦労させることになるだろう”と、誰もが考えた。その朝も、家族・知人の多くが病院へ行くというのに、ソムサックは二日酔いで起き上がることもできなかったのである。ダムロンの仮釈放まで半年足らずに迫ったが、ダムロンはこんなソムサックをどうするだろうか……。お祝い金はソムサックに渡しても酒を飲んでしまうだけなので、みんな病院で直接ニンに渡していた。そして、もちろん私もそうした。

 5月の中旬、久しぶりにチェンマイに行きダムロンの家をのぞくと、ケオが出所して戻って来ていた。顔色もよく、元気そうである。奥方も子供達も揃っており、見かけは以前通りであった。「ダムロンがよく帰してくれたものだな。」と冗談を言うと、なぜかそこにいた全員が意味ありげに笑った。私はその笑いの意味を察して、「バカなことをして、ダムロンにさんざん叱られたんだろう?」と聞くと、ケオの隣にいたブンが「ケオが戻ってもう10日以上になるんだが、まだ体中アザだらけだぜ。ダムロンは、今でもケオのことを許してくれていないそうだ。ダムロンは“ダメだ!!”と言ったのに、ティップが身元保証をしたもので、仮釈放されてしまったんだよ。」と言って笑っている。「だって、ボアライがかわそうじゃないですか。子供達だっているのだし。少しでも早く帰って来てほしいのは当然ですよ。決してケオのためを考えたわけじゃありませんよ。」と、ティップが言う。

 ダムロンに対してはいつも絶対服従の姿勢を崩さないティップの、珍しい反抗であった。後に、ダムロンはこの一件でティップを責めることになるのだが、この時はやはりここは奥さんと子供達のためを考えるのが妥当であろうと思い、私もティップの考えに同調した。しかし、そんな考えはまるで甘かったことが、ずっと後でわかる。


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■第32話:刑務所での婿殿紹介


 翌日は日曜日だったので、嫁に行ったニーパポンがハンサムな婿殿と実家に帰って来て、「これから、ダムロンに初めて婿殿を紹介しに行く。」と言う。「何だ、彼はまだダムロンを知らないのか。それならば、ぜひ私も行かねば。」と、末弟のゲアッにウィとコップの若年夫婦、ブンや居候のパーン、嫌がるケオまでをもむりやり誘って、みんなで揃って面会に行くことになった。
 日曜日なので、その日は接見希望者が特に多く、例の阿鼻叫喚のよう面会はものすごい騒ぎであった。接見希望者が60人ほどと囚人が40人以上もいて、どんなに大声をあげても自分の声すら聞こえないほどの騒ぎで、言葉でのやり取りはほとんど不可能であった。ダムロンの接見に来た我々の仲間は、後で特別な取り計らいがあることを知っているので、みなジェスチャー程度でダムロンとやり取りしていた。ニーパポンとウィはそのやかましさに閉口し、耳に指栓をして顔をしかめて耐えていた。接見終了を知らせる笛の音がして、皆が大声を出さなくなった途端に、刑務所独特の重い静寂が戻ってきた。今度は、同行者と話すにも誰もがヒソヒソと小声になった。いつものように我々以外の人々が退室すると、本当に何の音もなくなったように静かになった。それは、病院や火葬場などでしばしば見られる絶望的な悲しみの静寂とも違う、刑務所独特のくすぶった怒りと不純な未練とをタップリと含んだ、陰湿な静寂である。どこか遠くから、鉄格子の閉まる独特の音が聞こえて来た……。

 まずは、ニーパポンがダムロンに婿殿のヤンを紹介している。刑務所を訪れるのはむろん初めてというヤンはとてもまじめな人らしく、今日は最初からエラく緊張している様子が見て取れた。それが、ダムロンを見た途端に不安な表情に変わった。

 コレコレ、これが見たかったんだ!!

 ダムロンに初めて面と向かって注視されると、誰でも同じようになる。今、彼はきっとダムロンと彼との間を隔てている鉄格子を、とても頼もしく感じているに違いない……。
 それでも、ダムロンが笑顔で「ご覧のような体たらくで、祝いの言葉しかあげられないが、どうか妹をよろしく頼む。」と声をかけると、少しは緊張が和らいだのか、「こちらこそ、よろしくお願いします。」と合掌して頭を下げていた。ブンが、「この2人はいつもイチャついていて、とても見ちゃあいられないんだ。」とか言っている。居候のパーンも、「こっち2人も似たようなものだ。」とウィとコップの若年カップルを指差す。ダムロンが、「なんだ、よく知ってるじゃないか。お前らはそれをいつも見ていて、指をくわえてうらやましがっているんだろう。よし、俺も釈放になったら、その指くわえの仲間に入れてもらおう。」とか言って笑ってる。しかし、その笑顔も冗談もケオの顔を見るまでであった。
ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ダムロンはケオをにらみつけると、急に怖い表情になって突然大声を出した。「ヨウ!そこの人!あそこにいる奴は、本当はこっち側にいなければいけない奴なんだ。頼むからチョットあいつをここまで連れて来てくれ!!」と、機関銃を持って立っている刑務員に大声で言っている。刑務員は、それを聞いてせせら笑っている。ダムロンは、グッと音程を下げた怖い声で、「わかっているだろうな、ケオ。今度約束を破ったら家から追い出すからな。」とケオを指差しながらゆっくりと言う。うつむいているケオの表情は、怖そうである。いや、冗談抜きで本当におびえているのであった。ケオがダムロンを恐れる理由はただひとつなので、これは深刻である。ダムロンは、すべてを見抜いたような冷たく細めた目でケオをにらんでいる。ティップが、「でも、ボアライは喜んでいますよ。子供達もうれしそうだし、皆で協力して目を離さないようにしているから、許してやって。」と言っている。ダムロンは“フン”と鼻先で笑い、「いや、こいつもソムサックと同じで、何度口で言ってもダメな奴なんだ。」とか言っている。口で言ってダメな奴は、たとえ痛い目を見たとてしょせんはダメなのである。でなければ、ケオもソムサックもとうに改心しているはずである。ケオは、体中がアザだらけになるほどダムロンに折檻されても、いまだに麻薬と手を切れないでいるらしい。それで、ダムロンはケオの仮釈放に反対したのだ。しかし、10ヶ月近くの収監中に果たせなかったことが、もう2~3ヶ月延びたところでそれが果たせるとも思えない。それとも、ダムロンには何か勝算でもあったのだろうか……。とにもかくにも、あてにしていた収監中のケオの改心は果たせなかったのである。数年後に、これが最後の立ち直る機会であったのを知ることになるのだが、その最後の機会はもう失われたのであった。ダムロンの仮釈放まであと3ヶ月と少し……。この時にはまだ、“ダムロンさえ戻れば何とかなる”との思いが皆にあり、誰もそれほどの危機感は持っていなかったのである。

 しかし、その3ヶ月間はとても長かった。ケオは、ちょっと目を離すとどこかの“お友達”に会いに行ってしまい、ブンやパーンがあわてて心あたりを捜して間もなく見つけて来るが、たいていその時にはすでにケオは思う存分に“お友達”に会ってしまっていて、まともではなくなっていた。そんな騒ぎを3日と空けずに繰り返していたのだ。この時には、ケオはもう麻薬のことしか考えておらず、1日中家を飛び出す機会をうかがっていたのだろう。縛りつけるわけにもいかないだろうから、見張るにも限界がある。ケオには金品を一切与えない、との皆の申し合わせで麻薬を買う金などないはずなのに、どこからか都合してしまう。時には血を売っているらしいが、今時こんな病人のような麻薬中毒患者から血を買う者がいるのかいな、と思った。“お友達”に会ってしまうと、後はただ寝るだけである。たまに“お友達”に会う前に捕まると、家に連れ帰ってからもだだっ子のように暴れ、身をよじって泣き叫んだ。時にはどうにもならず、やむを得ず誰かが少量の麻薬を与えていたようだった。

 この時には、すでにもうケオは破滅への坂道を完全に転がり落ち始めていたのである。


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■第33話:夜釣り(1)


 8月、ダムロンがあと1か月ほどで仮釈放になるとみんなが首を長くして待っていたころ、ダムロンの親友である警官のウィラットに久しぶりに会った。以前、「このところ大物釣りをしているんだ。」と聞いていたのでたずねてみると、「今日も行く予定なので、一緒に行こう。」と誘われた。しかし、この時にはもう昼をとっくに過ぎており、2~3時間後には夕方になってしまう。「今からじゃあ、もう遅いよ。」と私が言うと、「いや、実は夜釣りなんだ。でも、暗くなるまでには釣り場に着かないと、準備が大変なんだ。」とのこと。「夜釣りか!そいつは楽しそうだな。でも、眠くなったらどうするんだい?」と聞くと、「夜釣りなんだから、当然寝ないんだよ。明日の昼ごろ戻って、それから寝るんだ。」と言う。どうやら、この釣りはかなり大変そうである。ラムプーンにある理想的な釣り堀は、ダムロンの予想通り私が魚を釣りきってしまったからなのか、この年に入ってから急に釣果が落ち始め、ソムサックがいつも酔っ払っているせいもあって、足が遠のいた、というわけではないのだが、以前のように頻繁に行くことはなくなっていた。“よし、どんなものか一度行ってみよう!”と、覚悟を決めて夜釣りに同行することにした。
ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ 釣り場は、地理的にはラムプーンであるが、市街からはだいぶ離れた山間部に入り込んだところにある潅漑水用のダムであった。ダムに向かう山間部の道は、細くて曲がりくねっている上に未舗装なので、すごい砂ぼこりである。ウィラットのピックアップ・トラックで行ったので、窓が開けられずに暑かったこと以外実害はなかったが、トゥクトゥクで来たらえらくひどい目に遭っただろう。
 小1時間も山道を行くと、やっとダムが見えてきた。堤防の手前の木陰に駐車する。ダムは周りを山に囲まれた人工のもので、実に景色のよいところであった。荷物を手分けして持ちダムの水際まで降りるのだが、人が通れるような道はできておらず、大小の石がゴロゴロしたかなりの斜面を、両手に荷物で降りるのは結構大変であった。これは、暗くなってからでは至難のわざとなるだろう。やっと水際に着くと、そこは少し開けた場所になっており、草むらに入りこんだ一角にはバラック小屋が建っていた。すでに3人ほど先客がいて、それぞれが釣りの支度をしていた。みなウィラットを知っているらしく、親しげに挨拶を交わしている。バラック小屋に運んで来た荷物を置くと、私にそこで待つように言い、ウィラットはその中の若いひとりに声をかけて、2人では持ちきれなかった残りの荷物を、その若者と一緒に取りに登って行った。

 そこは、本当に景色のよい場所であった。目の前に広がるダムはかなりの大きさで、向こう岸までは優に1km以上ありそうである。水は、岸から20mぐらいまでは少し濁っているが、その向こうは青く澄んでおり、水質もかなりよさそうである。水際に近づくと、たくさんの小魚が驚いて逃げ去って行く。釣り堀にはない、自然の一部がそこにはあった。荷物を持って戻って来たウィラットに、「ここはいいところだなあ。」と言うと、「そうだろう。あの山の向こうにも池があって、この池とつながっているんだ。」と教えてくれた。
 しかし、いかに景色がいいとは言っても、やはり露天釣り、しかも夜釣りである。これはいいところだと喜んでいられたのも束の間、夕方になるとヤブ蚊の攻撃が始まった。とても大きな縞蚊で、ブーンと羽音がやかましい。こいつに刺されるとすごくかゆいし、刺されたところが腫れあがってしまうのだ。ヤブ蚊と争いながら釣りの支度を手伝っていると、さっきの若者がどこからかたくさんの木切れを拾って来た。どうやら、焚き火の用意らしい。暗くなるまでは小物がよく釣れると言うので、小物釣りの仕掛けを作り、早速釣り始める。5号ほどの小さな吸い込みに練り餌をつけ、20mほど先に投げ入れると、待つほどもなくアタリがあり、10㎝ほどのプラーニンと呼ばれる刺のある魚が釣れた。ウィラットが大物用の仕掛けを作りながら、「後で食べるから、たくさん釣っておいてくれ。」とか言っている。
 大物釣りの仕掛けは、吸い込みの宙吊りという妙なものである。吸い込みの仕掛けが1mほどで、水の中で宙吊りになるようにウキがついているが、夜釣りなのでこのウキは当然まったく見えなくなる。ウキの手前に10号ほどの穴オモリがついていて、このオモリが底に着いて、仕掛けが風などで流れないようになっている。9号のリール竿3本を水際にしっかり立てると、先ほどの若者がタイヤのチューブをふくらませている。「どうするんだ?」と聞くと、「これから水泳をするんだ。」と言う。チューブが十分にふくらむと素早くパンツひとつになり、膨らんだチューブを浮輪がわりにして、本当に水に入ってしまった。何をするのかなあ……と見ていると、彼は尻を浮輪に入れてあお向けの態勢になり、ウィラットから3本の竿につながる仕掛けをひとつひとつ慎重に受け取っている。彼はこれを100mほど沖までゆっくりと水を掻き分けながら運んで行くと、ウィラットが右だ左だと指示している。12号ほどの大きな吸い込みの仕掛けには、野球のボールほどの練り餌がついており、それに大きな浮きまでついているので、これを壊さずにそこまで投げ込むことは不可能である。だから、こんな騒ぎをしているのだ。
 理想の場所に穴オモリを落とし、軽く糸を張って準備完了。立ててあるリール竿の道糸にパチンコ玉ほどの練り餌を目印のためにぶら下げる。魚がかかってもウキは見えないが、軽く張ってある道糸が動けばこの練り餌の目印も動くので、アタリがわかるのである。それらを見ながらノンビリと小物釣りをしていると、1時間ほどで日が暮れた。
 小物釣りの成果は雑魚が15匹、1kgほどであった。すぐ後ろのちょうどよい場所に穴が掘られており、周りに木の燃えかすが散らばっている。どうやら、いつもここで焚き火をしているらしい。あの若者が燃えかすや枯れ枝を火種にして焚き火を始めたころには、もう陽はとっぷりと暮れていた。人家もほとんどないような山中で、焚き火とハンドライト以外は何の明かりも見えなくなった。曇り空だったので月も星も見えず、西の方の山が、まだ残る薄明りにわずかに黒く見えるだけであった。いよいよ、後はただ待つだけである。


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■第34話:夜釣り(2)


 「彼は名前をポーンと言って、ずっとここに住んでいるんだ。」と、ウイラットに改めて紹介された例の若者が、はにかみながらも両手を合わせて挨拶している。ウイラットの話では、以前彼の家族はこの潅漑用の池のそばで農業を営んでいたが、10年ほど前に池の拡張があり、その農地は水に沈んだ。ところが代替農地ももらえず、彼の家族はわずかな立退き料で追い払われてしまったのだという。その立退き料は、家族が生活できるほどの農地を買うには遠く及ばず今だに困っているのだが、この池での漁業の既得権があり、それで釣人の手伝いなどでアルバイトをしている、とのことであった。今日は船が壊れてしまい休んでいるが、いつもはここで毎日置網漁をしているそうで、すなわちこの池の主みたいな人であった。
 話が終わり、私がちょっと小用を足そうと草むらに入ろうとすると、ポーンが「サソリに気をつけろ!」と言う。「サソリというと、あのサソリなのか?」と聞くと、「そうだ。刺されるとひどいことになるから気をつけろ。」とか言っている。エーッ!そいつは冗談抜きで本当に危ないではないか。後日、そのサソリをここで実際に見たことがあるが、それはもう危険そのものという姿に見え、黒光りするサソリに興味はあったが、とても近づいて見る気にはなれなかった。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ウイラットは、数分おきにハンドライトで例の練り餌の目印を照らして動いていないことを確認しながら、私の釣った小魚を木の小枝に刺し、焚き火にかざしていた。私が用意して来たカオニヨウ(もち米)とガイヤーン(タイ風の焼き鳥)の夜食を広げると、ウイラットが「ふたりではこんなにたくさん食べ切れない。」と、その場にいた釣人をみんな呼んで、楽しく食べることになった。小さな焚き火の微かな赤い灯りを囲んで、仲間同士の気楽な冗談や会話が交わされ、笑い声が絶えない。夜も更け仲間同士の話も尽き、皆自分の釣竿に戻ってから2時間ほどたった11時頃、ウイラットが「しばらくしたら餌を付け替えなくては。」と言いながら、例の目印をハンドライトで照らして確認すると、一番向こうの竿の目印がかなり下まで落ちて、わずかに揺れていた。ウイラットは飛び起きるように立ち上がって釣り竿に走り寄り、慎重にゆっくりと釣竿を持ち上げた。リールはフリー状態になってるので、道糸を押さえて大きなモーションでカラ合わせを加えると、いきなり「ピュルン」と糸鳴りがした。リールをロックして、本格的な魚との引っ張り合いが始まった。これは本当に大物らしく、かなりの時間がたってもぜんぜん魚が寄って来ない。ポーンが、大きな玉網を水に浸けて待っている。20分近くかかっただろうか、やっと釣りあげた獲物は巨大な鱒であった。頭が大きい荒巻鮭のよう姿で、何と80cm・8kgもあった。握り拳が楽に入るくらいに口がでかくて、胸から腹にかけて鱒の仲間独特の美しい模様があった。「きれいな魚だな~!!」と感心して言うと、ポーンが「そうだろ?こいつはプラーレンという魚で、姿は美しいし食ってもうまいぞ。ここでの最高の獲物はこいつで、もっと大きい10kg以上のものもいるんだ。」と言う。何という恵まれた大自然であることか。「ここには、プラーダムやノーンチャンも10kgくらいのがいるんだ。でも、食べるのならこいつが一番うまいし、市場で売っても一番高く売れる。こいつが日に何本か釣れれば、結構な日銭になるんだぜ。」と言う。まあ、確かにこの池は溜め池というには大きすぎるし、あの山の向こうにもつながっているというからかなりの広さがあることには違いないが、何がどうして鱒がこんなに大きくなるのだろうか……。

 その後、ポーンが例のチューブ浮輪を使って釣竿3本の餌を交換をして、さらに4時間後の午前3時過ぎにも交換した。しかし、その後大物がかかることはなく夜が明けてしまった。ある程度ものが見えるくらいにまで明るくなった頃を見計らって、ノンビリと小1時間かけて用意した小物釣り用の延べ竿を使って、また小物釣りを始める。はじめは当たりがなかったが、明るくなるとともに食いが立って来て、日が昇る頃には入れ食いとなった。5~10㎝程度の雑魚であるが、これだけ釣れればおもしろい。それを見ていたウイラットが、リール竿での小物釣りを始めた。小魚を釣り上げるたびに子供のように奇声を上げている。まあ、今日は手応えのある奴を一匹釣り上げたので、ご機嫌なのであろう。

 ウイラットは、チェンマイ警察では所長の次に偉いクラスだというが、こんな姿を見ているとまったく信じられない。悪いことをしている奴等の中には、ウイラットを鬼より恐れている者も多いのだろうが、友達とご機嫌で過ごしている時の笑顔からはまったく想像がつかない。しかし、実はこのウイラットはとんでもない人で、今日のところはまあご機嫌だからいいようなものの、もし釣果が気に入らないと突然拳銃をぶっ放したりするのだ。赤塚不二夫の漫画のお巡りさんでもあるまいし、魚が釣れなかったからといってやたらに鉄砲をぶっ放すのは勘弁してほしいものである。また、彼は拳銃とともに無線機を常に携帯しており、無線機は電源が入れっぱなしになっているので四六時中聞き取りにくい断片的な連絡のようなものが入り、ザーザーと非常に耳障りである。あれも、何とかならないものなのだろうか……。


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■第35話:夜釣り(3)


 午前9時頃、「そろそろ引き上げよう」とウィラットが言い、帰り支度が始まった。小物はウィラットの釣った分まで合わせると5kgほどになったので、これはティップへの土産にする。彼女の作る小魚のバナナの葉の蒸し焼きは、ものすごくうまいのだ。溶き卵に山椒や唐辛子をたっぷり入れたつなぎに丁寧に骨抜きした魚の身を入れ、バナナの葉で包んだものを炭火でじっくりと蒸し焼きにしたもので、バナナの葉の香りが香ばしくついていて、これをおかずにしてカオニヨウ(モチ米)を食べると最高なのである。しかも、このくらいたくさん小魚があれば、大量に作りひとつ5Bで売れるのだ。ティップの作るこの料理はとても評判がよく、わざわざ家まで“今日はないのか?”と、聞きに来る人も多いという。1kgの魚を手間かけて調理すれば2~30個は作れるので、このくらいあればかなりの現金収入になる。帰り支度がまとまると、手分けして荷物を持ちダムの急な斜面をはいずり登って行く。釣った魚の分だけ荷物が増え、私が車の止めてある木陰で一服している間に、ウイラットとポーンは2往復して運んでいた。
 やっとのことで荷物を運び終え汗を拭うと、早速ウイラットは唯一の大物の鱒を、さも愛しそうに傷つけぬように慎重に布に包み、さらにに網に入れている。「市場で売るのか?」と聞くと、「いや、家で食うんだ」と言う。「ウチの家族はこの魚が大好きなんだ。毎日食べても飽きない。俺はフライが好きだし、子供達はこいつの焼き物が大好物だ。ウマイんだぞ~!」と言って、舌なめずりをしている。「そうかい、そんなにこの鱒はうまいのか。そいつはぜひ一度食ってみたいな」と言うと、サンパコーイに帰り着いたら少し分けてくれると言う。「本当かよ、それでは鱒で腹ごしらえをしてから、ホテルに寝に帰ることにしよう。こいつは楽しみだな~。」と喜んでいると、ウイラットは「でもな、ここにはプラーキヨウという50cm、2~3kgの腹の黄色い魚がいるんだが、こいつはプラートーン(金の魚)とも呼ばれ、市場に持って行けばほしい奴がたくさんいて、その場で即席の競りが始まるくらいなのだが、こいつはまず釣れることはなく、ポーンの仕掛ける置網にたまにかかるだけなんだ。こいつを一度食ったことがあるが、それは絶品以外の何者でもなかった。競りで時にはキロ1,000Bもの値がつくのもうなずける味だったな」と、帰り道にピックアップを運転しながら教えてくれた。このプラーキヨウは、タイでは私もいまだにお目にかかったことがないが、おそらくイトウかその仲間と思われる。私は、以前ネパールの山の中の大きな湖でイトウを釣り上げたことがあり、そのうまさが忘れられない。そのイトウも、まるで絵の具で塗ったような見事な黄色い腹をしていた。
 チェンマイに帰り着いたのは昼近くになったが、予定通りにサンパコーイでもらった鱒をおかずに食事をしてから、ブンやパンと釣りの話をしたり、例のバナナ葉の焼き物のための下ごしらえをしているティップの仕事を見ながら、夕方近くまで過ごしてしまった。昨晩一睡もしていないので疲れてはいたが、なぜか昨晩の大物釣りの興奮がまだおさまらないようであった。ホテルに帰り風呂に入って寝たのは結局暗くなってからで、その時には本当にドロのように眠った。

 翌日、昼近くになってからサンパコーイに行くと、ちょうどウイラットが来ていた。ティップは四角いコンロに炭を焚いて、例のバナナ葉の焼き物を焼いていた。すでにかなりの数ができあがっていて、ウイラットがこれと一緒にニコニコ顔でカオニヨウを食べていた。見ると、今焼いているのは以前見たのと同じ程度の大きさだが、すでに焼き上がっている物の多くは半分ほどの大きさしかない。どうして大きさが違うのだ?と聞くと、「小さいのは市場に持って行って、商売人にひとつ3Bで売るのだ」と言う。商売人はこれを買って5Bでお客に売るのだそうで、大きいのは近所の人に5Bで売る分だ、ということであった。小さい物だけでも見た目で100個くらいあり、大きいのも50個以上はある。ウイラットが一緒に昼飯を食え、とか言っているが、ホテルで遅い朝飯を済ませて来たので遠慮する。一昨日の大物釣りの興奮を思い出して、ダムロンが出て来たらまた一緒に行きたいな。きっとダムロンは大喜びするだろうな、といつの間にかダムロンの話題になった。



日本全国の空港から、レンタカーを使いたいという人に



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