ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(5)


BY:蘭菜太郎

≪注≫本文中に登場する人物などは、すべて仮名です。また、写真と本文とは一切関係ありません。



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■第21話:チェンマイ刑務所(1)


 翌朝10時に約束通りダムロンの家へ行くと、すでにティップが色々な差し入れを用意していた。大半は食料品で、刑務所の貧しい食事に添えるためのおかずのようなものが特に多かった。ウインストン(タバコ)を1カートン……。ダムロンは、娑婆にいた時からかなりの愛煙家で、毎日40本くらいは吸っていた。そのほかにも、着替え、歯ブラシやタオル、胃薬にタイガーバーム(塗り薬)など細々としたものを、大きなビニール袋に詰め込んでいる。そこにパンがやって来て、ティップに挨拶した後、私に「これをダムロンに持って行ってくれ」と言って、釣りに競馬、さらにはムエタイ(キックボクシング)とスヌーカーの専門誌を手渡してきた。「パンも一緒に行かないか?」と言うと、「今日は、夕方に弁護士の接見があるので、そっちに同行しようと思う。何か進展があれば、その時にわかるよ。」と、まるで一緒に行っても意味がないような口振りである。私は、“あれだけの量の差し入れを3日とあけずに渡せるくらい自由な刑務所なのに、直接ダムロンに会うことはできないものなのだろうか”と考え、“自分も、夕方一緒に行った方がいいかなあ”とも思ったのだが、もう出発準備も整って、ティップもその気になっているので、とにもかくにも一度ダムロンに会いに行ってみることにする。それに、私が弁護士に会ったところで、ジャマになるだけでどうなるものでもないだろう。
 ティップが、家の外に置いてある主のいなくなったトゥクトゥクに、差し入れの入ったビニール袋を積み込んでいる。誰が運転するのかなあ、と様子を見ていると、しばらくしてソムサックがノソノソとやって来た。殊勝ににうつむいているところからすると、とりあえず今は酒は入っていないようだ。「何だ。ソムサックが運転してくれるのか?」と聞くと、「運転してもいいか?」とか言っている。「いいかも何も、タイヤの数が奇数の車なんか私にはとても運転できないのだから、ぜひ頼むよ。ダムロンがいなくなったので、このトゥクトゥクはソムサックが使っているんじゃないのか?」と聞くと、チラリとティップの方を見て、「ダムロンがダメだと言うんだ」とつぶやいて、肩を落としている。ダムロンは刑務所にいるのだから、ソムサックの近況は当然、ティップなどから聞いているのだろう。その報告内容があまりよくないから、ダムロンはソムサックにトゥクトゥク使用の許可を出していないのだ。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ソムサックの運転するトゥクトゥクで、お堀の内側のほぼ中心部にある警察署まで行く。刑務所は、この警察署のすぐ近くにあった。現在では女性専用になっているこの刑務所の、入口の向かい側にある事務所に行き、接見の手続きをするための用紙をもらう。はっきりとはわからなかったが、もしかしたらこの用紙は買うのかもしれない。ここには、差し入れのための日用雑貨や食事のおかず、果子などを売っている店が入っており、ティップはさらにここでタバコや袋詰めのスナック菓子などを買い足している。タバコはタイ製の安物で、そんなものをダムロンが吸っているのを見たことがないし、菓子に至っては論外である。「そんなものを買って、どうするんだい?」とティップにたずねると、「ダムロンが、友達にあげるのです。」と言っている。ティップのこの一言で私にはすべてが理解できた。ダムロンは、刑務所の中でも娑婆と同様に、すでに兄貴分を気取っているに違いない。あれは、ダムロンが舎弟達に分けてやる分なのだ……。
 ダムロンが、刑務所の中ですら、相変わらずダムロンらしくしていることがわかり、何だかとても安心した。やはり、ダムロンは刑務所に入れられたくらいでガタつくような人ではないのだ。

 刑務所の入口は、大型トラックも通れるくらい大きくて、武骨な鉄製の両開きの門によって閉ざされていた。その門の右下部に内側からしか開閉できない通用門があり、係官がのぞき窓からいちいち確認しながら開け閉めして、人を通している。我々も、そこから刑務所の中へと入っていった。通用門をくぐると、そこはすぐに接見者のための待合室になっており、10人以上は座れそうな木製の長椅子が10列ほど並べてある。すでに、そこにはもう30人以上が座っていた。全体に薄暗く、わずかに鉄錆と汚物の匂いがした。一角には、やはり差し入れを売っている小さな店があったが、小汚いし、薄暗くて商品がよく見えない。“この店には、売上のノルマなんかないんだろうなあ……”などとつまらぬことを考えていると、ソムサックがやって来て「あっちの椅子へ腰かけて待っていよう。」と言う。ティップは、接見の申込用紙の提出と、差し入れの届出に行っており、まだ戻って来ていない。あんな辛気臭い場所で、ソムサックと並んで座っていても気が滅入るだけなので、「後で行くから。」と言って、そのあたりを見物して回ることにする。刑務所のに内部にも、外と同じくらい巨大な鉄格子の門があり、付属の通用口をまた同じように所員が警護していた。“これが、本物の刑務所の鉄格子なんだなあ”と、変に感心しながら見ていると、その門のところにいた係官が薄笑いを浮かべながら、「お前は日本人か?」と聞いてきた。「ご推察の通り、私は日本人です。あなたは警官なのですか、それとも刑務所の職員なのですか?」と聞き返してみると、肩についたバッジをたたきながら、「警官ではない。」と言う。確かに、その肩章は警察官のものとはどこか少し違うように見えた。さらに「ここには、何人くらいの囚人がいるのか?」と聞くと、「現在、囚人が500人くらい。それに加えて、職員が80人から100人いるんだ。」と、即答が返ってきた。
 係官と、そんなどうでもよいことを話していると、ティップが戻って来たので、待合室の長椅子に座って待つことにする。中ほどのスペースが空いてるところに、ソムサックが一人ポツンと座っていたので、そのそばに3人並んで座る。そこには、接見を待つさまざまな人たちがいた。顔を近づけヒソヒソと話をしている、母と娘らしい女性2人。ふて腐れたように腕を組み、どこともなく上空の方を見ながら、じっと考えごとにふけっているらしいお兄さん。やたらにケバイ服装と化粧をしたお姉さん。かと思うと、赤ん坊に哺乳瓶を含ませている女の人もいる。

 気のせいか、みな一様に暗い目をしており、重たい空気が漂っていた。“ここが、ワッと楽しい雰囲気になることはあるのだろうか?”などとまたつまらぬことを考えていると、何だか周囲がザワつき始めた。みんなが気にしている後ろの方を見やると、例の鉄製の門の通用口をくぐって、分厚い書類の束を持った恰幅のよい偉そうな官憲が入って来た。颯爽と歩いて待合室の前方に置いてある木机のところに立つと、壁にかけてあるマイクを手に取り、コンコンと指でマイクを叩いて調子を確かめてから、書類をめくり次々と名前を呼び始めた。


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■第22話:チェンマイ刑務所(2)


 「ダムローン ウォンタケーオ!!」と名前が告げられると、そそくさとティップが前に出て行って警務官から書類を受け取り、そのまま後ろの方へ歩いて行く。そして、その後から私とソムサックもついて行った。待合い所の反対側の一角には、左右両サイドにいくつかの小部屋になった留置場が並んでおり、ここはどうやら移送囚用の施設のようだ。そのうちのいくつかには囚人が入っていて、その人の名前や番号、移送先などが記された印刷物が張りつけられた掲示板が鉄格子の前に下がっている。囚人達が暗い目でこちらを見つめる中をスゴスゴと歩いて行く。その突きあたりには小さな入口があり、ここで係官が書類を確認し、持ち物検査をして、やっとのことで接見室に通されたのだが、この接見室には大変戸惑ってしまった。

 接見室は奥行15m、左右が15mくらいの部屋で、出入口はひとつしかなく、入って5mほど先のところには、床上1mくらいから全面に金網を張った鉄格子になっていて、さらにその先5mほどのところにも同じように金網を張った鉄格子が据え付けられている。どうやら、あちら側もこちら側と同じ作りの部屋になっているようで、この2つの部屋を隔てている空間もまた同じくらいの大きさである。まるで、真四角の部屋を金網で3つに区切ったような作りになっているのであった。中央の、金網と金網を隔てている空間には、マシンガンをベルトで首から胸の前に下げ、両手を銃にかけて警戒している警務官が2人いて、万全の態勢である。その、決して広くはない部屋に、名前を呼ばれた囚人の接見希望者が30人以上、まとめて入れられたのである。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ザワザワと落ち着かない雰囲気の中、金網の前で我々が待っていると、間もなく向こうの部屋のほうから“ピリリッ”と笛の音がして、警務官の命令調の大きなかけ声が聞こえて来た。どうやら、接見室へ囚人達が連れてこられたようだ。ほどなく、向こうの金網の中の接見室に、ドヤドヤと20人ほどの囚人達が入って来た。ダムロンは、最後の方にのっそりと姿を現し、私を認めると片手を上げて、笑っている。見たところその様子に変わりはなく、元気そうである。私は、ダムロンの姿を目にしたら、何だかとても安心してしまった。
 5mも離れたところにある、向こう側の金網の中にいる相手に話をする状態の接見であるので、コミュニケートするには小さい声では聞こえない。しかも、そこにいる何10人もの人が一斉に大声で話をするので、それはそれはスゴイことになる。ほとんど怒鳴るような大声でないと、向こうにいる囚人には通じないし、向こうも向こうで大声で話してはいるのだが、ほかの人の大声と混じってしまって、聞き分けるのは大変困難だ。それでも何とか話をしようと、お互いに金網に取り付き、皆大声を上げている。これぞまさしく阿鼻叫喚と呼ぶにふさわしい光景である。さすがに、私もこれには唖然としてしまった。もちろん、完全にプライベートな接見を考えていたわけではないが、これではとてもまともな話し合いなどできるはずがない。内緒話など、絶対に不可能である。まあ、健全と言えば言えないこともないが、プライバシーなどはまったく考慮されていない。ティップも、大声でダムロンと話をしている。隣の女性が、赤子を両手で持ち上げて向こう側に見せていた。赤子の父親がいるのだろうか。赤子は、周りの騒然とした状態に驚いて、顔を真っ赤にしてギャーギャーと泣いている……。
 このような接見の中、何かを書いてあるらしい紙切れを金網から出し、振っている囚人がいた。すると、マシンガンを持って警戒していた警務官がその紙を受け取り、内容を確認してから、こちら側にいる女の人を指差して囚人に確認し、渡している。すると、ダムロンも何やら紙切れを金網から出している。それをティップが警務官を経由して受け取った。どうやら、次回に持って来てほしい差し入れ品のリストらしい。

 このような接見は約20分間続いた。“ピリリッ”と笛の音がして、出入口にいた警務官が接見終了を大声で伝えると、ただちに大騒ぎは終わってしまった。ダムロンとほとんど何も話してないのに、もう終了になってしまったのである。残念ではあるが、仕方がないようだ。もう大声で話す人もなく、警務官に導かれてみんな外に出はじめている。向こうの囚人も、同じように数人の警務官に指図されながら、接見室から出はじめていた。
 すると、ソムサックが私のそばに来て、「今少しここにいるんだ。」と言っているのでティップの方を見ると、彼女はまだ金網に張りついてダムロンの方を見ていて、ほかの接見者と一緒に出て行く様子ではない。ダムロンもほかの囚人と行動を共にせず、金網の前を離れようとはしない。“これは、どうなるのかなあ”と興味津々で見ていると、間もなくみんな外に出て行ってしまい、私達3人だけになってしまった。向こうの囚人側も、もう残っているのはダムロンだけである。ティップが私に「ダムロンと話してもいいですよ。」と言っている。私は少々戸惑ったが、ダムロンはやはりここでも顔役であり、所内でも一目置かれているということなのだろうな、と理解した。無論自由はないのだが、ダムロンは刑務所の中でも兄貴風を吹かし、特別扱いされているようだ。しかし、先ほどと違ってかなり緊張を緩めてはいるものの、警務官もまだそこにいて、我々の方をを見ている……。
 ダムロンが私に「いつチェンマイに来たんだ?」と話しかけて来る。私が「おとといだが、10日ほどいるので、その間に私に何かできることがあるか?」とたずねると、「数日中には刑期が決まるので、それから考えよう。」とか言っている。私が「トゥクトゥクとソムサックを貸してくれないか。」と頼むと、ダムロンはジロリとソムサックをにらみ、「もし酒を飲んだら、ぶん殴ってやってくれ。」とか言っている。ソムサックは、うつむいて苦笑いをしていた。見張っている警務官もいるので、あまりヘンな話もできないから、ダムロンとの会話はその程度のものであったが、とにもかくにも直接ダムロンと話せたことで私は大いに満足できた。その後も、少しの間ダムロンはティップを話をしてから、私に片手をあげて「また来てくれ。」と言って別れを告げ、警務官に手を合わせてワイ(合掌)をして接見室から出て行った。私達も部屋から出て、警務官に会釈しながら戻って行くティップの後について歩く。

 刑務所の鉄の通用門から表に出ると、外は目が潰れてしまうかと思うほどまぶしかった。まるで、釈放された囚人のような気分になり、清々しい。数日中に決まるという刑期が少しでも軽くなってほしい。私は、なぜかガラにもなく神仏にでも祈りたくなった。心の中で手を合わせると、何だか清々しさが増していくような気がした。


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■第23話:タムディー・ダイディー(善業善果)


 翌日、ティップを誘って山の上の大寺院、ワット・プラタート・ドイステープにお参りに出かけた。ソムサックの運転するトゥクトゥクで、山の中ほどにある寺院の登り口まで行ったのだが、勾配がきつくてトゥクトゥクでは結構大変である。それでも何とかたどり着き、ケーブルカーに乗り換えて寺院まで向かう。この巻き取り式のケーブルカーは、後年にケーブルが切れて死者が出る大事故を何度か起こして別のものに取り替えられたが、この時にはまだあった。ティップは階段で行きたがっていたが、自分にとっては下りはともかく、登るのはとてもキツイのでケーブルカーにした。寺を一巡りしてから特別にお布施をして、ダムロンの罪を清める祈願をした。坊さんに法要をしてもらい、罪の浄化を祈願するこの法要には何と1時間以上もかかり、足が痛くなってしまった。おまけに帰りは階段で戻ることになり、いやいやながら長い石段をダラダラと下り始める。石段の随所に座り込んで両手を合わせて喜捨を求める乞食たちに、わざわざ用意してきた小銭を恵んで善徳を積みながら、ゆっくり石段を下りて行く。やっとの思いで登り口まで戻った時には、もう足も腰もガクガクである。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ 思ったより大変だったお参りからサンパコーイに戻った時には、もう夕方になっていた。ダムロンの家の中に入ると、ケオの奥方ボアライと話をしていたパンがニヤニヤしながらやって来て、「ダムロンのためにわざわざお参に行ってくれたのか?」と聞いてきた。「まあそうなんだが、私が安心するためにお参りしたともいえるな。なぜか、そうした方がいいような気がしたんだ。」と答えを返すと、「そいつは、もしかしたら本当に効いたのかも知れないぞ。ちょっと前に帰ってしまったが、弁護士が来ていたんだ。検察との話し合いがどうやらうまくまとまりそうだと、報告に来てくれたんだ。検察がついに折れたんだ。ダムロンは、追起訴されないようだぞ。」とパンが言った。それを聞くと、ティップが「ヒエーッ!」と悲鳴をあげた。見ると、少しほうけたような表情をしてから目を閉じて急に泣き顔になり、あふれる涙を隠すようにうつむき、すぐに両手で顔を覆って泣き出した。私とパンはお互いにしばらく見つめ合ってから、両手を握って「よかった!やったぜ!!」と、喜びを分かちあった。ティップは、もうその場にうずくまり、両手で顔を覆ったまま声をあげて泣いている。
 私は、ティップのそばに寄って行って同じようにうずくまり、「よかった。本当によかったな、ティップ。これでもう大丈夫だよ。2年くらいならば、何とでもなるさ。もう、後はティップががんばりさえすれば何とかなるんだ。よかったね。」と言って、背中を優しく叩いて励ますと、彼女はますます声を高めて泣いた。主犯として追起訴されれば、軽く済んで15年、悪くすれば25年以上の懲役刑になるところだった。そんな長期刑になったら、本人にとっても周りの人間にとっても、もう死んだも同然である。2~3年のことであれば、話は全然違うのだ。

 後々ティップがことあるごとに語るこの時の様子は、私にも忘れることのできない、感動的なものであった。この時、彼女は“これは絶対に仏様が救ってくれたのだ”と、信じたようだ。「あの時は、気持ちがすっかり落ち込んでいて、買い物程度の外出すらも辛くて、お参りに行くなんて思いつきもしなかったの。本当によく誘ってくれたわ。あの時、無理に誘われてお参りに行ったから、仏様が助けてくれたんだわ。」と、ティップは今でも言う。
 ティップは、もうこの世ではダムロンと再び連れ添うことはできないかもしれない、と考えていたようだ。自らの不運を呪う毎日で、ダムロンは自分の不運の巻きぞえになってあのようなことになったのだ。すべては自分のせいである、と考え、大変な落ち込みようだったのだ。それがお参りに行ってからは、奇跡のように運が好転した。まだ、ダムロンが釈放されたわけではないが、彼女が、自分の努力で何とか乗り切れる、と思える程度にまで刑期が短縮されて、ティップはがぜん元気づいたのである。この日、両手で顔を覆い声を上げてうれし泣きした時以外に、私は後にも先にもティップが泣いている姿を見たことはない。
 ボアライとソムサックがやって来てティップを助け起こし、涙を拭くためのタオルを渡している。ティップは今度は笑い泣きしながら、タオルで目を押さえていた。よほど嬉しかったのだろう、その後もうれし涙はしばらく止まらなかった。彼女の、夜も寝られぬほどの身を切られる思いであったろう不安との戦いの日々は、これで終わったのだった。


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■第24話:娑婆での日々


 パンに「弁護士を食事にでも誘いたいので、先方の都合を聞いてくれ。今晩か明晩、できるだけ早いうちがいいな。」と言うと、「よし来た。もう家についてる頃だから、今から電話をしてみるよ。」と言い、両拳を力強く前後に動かしてガッツポーズを取り、「ウイーッ」と奇声を発して今一度喜びを表してから、急に振り向いて足早に去って行った。翌晩、ダムロンの追起訴回避のお祝いを内輪で行った。弁護士を招待して、ダムロンの家族や舎弟など10人ほどで、アヌサーンにあるシーフードレストランへ行き、大いに飲み食いした。弁護士は、いかにもマジメそうな静かな人で、「今年でもう45歳になります。」と言ったが、10歳くらいは若く見える、痩せ型中背の好人物であった。ダムロンの追起訴回避の快挙をほめ、礼を言うと、「イヤイヤ、これはあまり大きな声で言えるようなことではなく、本来、弁護の手段としては邪道なものなのです。でもうまくいってよかった。」と謙遜している。この弁護士の話では、ダムロンの刑期は先の決審通り2年半である。しかし30ヶ月の7割以上の期間を模範囚でいれば、仮釈放の対象になるので、21ヶ月を過ぎたらただちに仮釈放請求を行うそうだ。刑期は収監の全期間であり、逮捕からすでに2ヶ月たっているので、正確にはダムロンは19ヶ月たてば仮釈放される可能性が高い、ということであった。「この件では、検察は内部抗争の際の障害教唆の証拠をあげていたし、仲間の告発証言もあり、事態は実に深刻だった。しかし、暴力的な尋問を受けながらも黙秘を通し続けたことがよかった。検察は彼の黙秘に手を焼き、結局は泣きを入れてきたんですよ。」と弁護士は言い、ダムロンの普通ではない肝の座りかたをほめて、満足げに笑っていた。
ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ その翌日、ティップと一緒に今度はパンも誘って、私にとっては2度目の面会に行った。心配していた追起訴が避けられた余裕からなのか、この時はもう刑務所内でとまどうこともなく、接見の終了後には私達だけで話ができることも知っていたので、例の阿鼻叫喚のような大騒ぎも、一歩引いて笑いながら見ていられた。そして、やはり前回と同じく私達だけの接見が許された。この毎度の特別待遇は、一体どういうシステムになっているのだろうか?我々一般人は、刑務所の中では何の資格もないのだし、どう考えても正式なものとは思えない。いずれにしても、関係者のほぼ全員に何らかの余録を与えているのだろう、ということだけは想像がついた。ダムロンに昨晩のことを報告し、短い刑期で済んだことを喜びあった。パンは、かなりヤバイ内容の話を、すぐそこに警務官がいるのに平然と話して、検察や警察を露骨に罵倒したりしている。もっとも、ここで見張っている官憲はすべて刑務所の職員で、たとえ会話が検察の悪口や犯罪にかかわるようなことであっても、それが逃亡の相談とかでない限りは、何を聞こうがまったくの無関知なのだろう。パンが「支払いをしない奴はどうする?」と聞くと、ダムロンが指で首をかっ切るゼスチャーをしている。何の支払いなのか、ダムロンがそれに対してどういう指示をしたのかは歴然であるのに、パンはむしろ感心したような表情で話を聞いている。以前ダムロンの言った“その気ならば、刑務所の中のほうが簡単に麻薬を手に入れられるし、値段も安い。第一捕まる心配がない”との言葉を私は思い出した。その後、ティップが家族の近況などを話してから、ダムロンは私にいつもの片手を軽く上げる挨拶をして「また来てくれ。」と言い、警務官に両手を合わせて戻って行った

 ダムロンがいなくなると、軽く済んだとはいえ2年近く投獄されるのだ、という現実が重くのしかかり、それまでの浮き浮きした心持とは反対に、何か気が重くなってきた。パンもティップも同じであるらしく、皆一様に押し黙って、重い足を引きずるようにして出口に向かった。辛気臭い刑務所の門を出てからも心は晴れず、全員言葉が出ない。家に帰り着いてから、パンに先程のダムロンとの会話の中の気になった部分について聞いてみる。「パンよ、ダムロンはもう組織とは離れたんじゃないのか。まだ密売の仕事に、携わっているのかい?」と聞くと、「いや、もう組織とは何の関係もなくなっている。しかし、個人的な貸し借りは残っているので精算したいのだが、貸してる分を取らないと支払いもできない。こんなことになったのも組織を離れたからで、貸してる奴は甘く見て返済を渋るし、借りてる奴は貸し倒れを案じてせっついてくるしで色々大変なんだ。」と言う。組織の傘下を離れるということは、たとえダムロンであろうとも、そういうことなのだろう。どうやらダムロンも、今度はほかに選択肢はなく、本当に組織を離れる心づもりらしい。しかし、彼が今までまともな仕事をしているのを見たことがないので、堅気になったダムロン、というのがどうも自分には想像しにくかった。ダムロンは、戻ったら一体何をするつもりなのだろう……。

 それから以後、ダムロンのいないチェンマイとなり、たいへんもの足りなかったし不自由でもあったが、ダムロンの家族とも友達ともそれまでと変わりなく付き合っていたし、ダムロンの面会にも必ず行き、刑務所の職員ともおなじみさんになった。
 ソムサックは、一番怖い人であるダムロンがいなくなったので、やはりほとんどいつも酒に飲まれており、使いにくかった。腹いっぱい飯を食わせてみたり、タイでは高級なビールにさせたり、だましたりすかしたり色々工夫しながらつきあっていた。時には、夕方早々に飲み過ぎてしまい、ケオにサームローで送ってもらうこともだびたびであった。


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■第25話:ラムプーンの釣り掘(1)


 ソンクラーンの水かけ祭りが終わり、本格的な雨期が始まろうとしていた頃、ソムサックが「いい釣り堀を見つけたので行かないか。」と言ってきた。何でも、釣り好きの友達から聞いて、彼にしては感心なことに、すでに場所の確認にも行っていた。
 翌日、さっそく様子を見に行くと、これがなかなかの釣り堀であった。ラムプーンの市街を越したところにあり、トゥクトゥクでは1時間ほどかかるが、チークの巨木が並ぶ旧街道を主に通り、道もよく快適でそれほど苦にならない。この釣り堀の名は“マイトリー(サンスクリット語で“友達”という意味)・フィッシング&レストラン”とあり、鉄の門の入口に大きなブロンズ製の魚が噴水の水を浴びてるのが置いてある。中に入って、駐車場にトゥクトゥクを止めて見やると、平屋の大きなレストランの前に縦50m、横80mくらいの長方形の池があり、手前の一辺に5~6人が座れる屋根付きの小屋が8棟、点々と並んで建てられていた。ここの女主人らしいおばさんに話を聞くと、食事をすれば釣りをしてもよいが、釣れた魚は1kg30Bで買い取らなければならないと言う。ただし、練り餌のみで、ルアー釣りや疑似餌、生餌は禁止とのこと。とにもかくにも早速釣り始めたが、あまりアタリがない。少したってからふと周囲を見回すと、テーブルの陰に何か内臓らしいものの入ったビニール袋が隠すように置いてあった。どうやら、前に釣りをした人が置いていったものらしいが、女主人が禁止していた生餌であるらしい。これを内緒でチョット試したところすぐにアタリがあり、30cmほどのタイでは“プラードゥック”と呼ばれているナマズが釣れた。こいつはタイでは高級魚で、さっぱりとした白身は煮ても焼いてもフライにしてもおいしく、タイ人はこの魚が大好きである。続いてこの生餌で何匹か釣ると、賄いの女の子が「餌は何だ?」と確認しに来たので、バレないうちに練り餌に戻したが、生餌であればかなりアタリがあるので、魚がいることはわかった。ソムサックが「あれは、ニワトリの内臓だ。」と言っている。そこで、私は練り餌を水のかわりに内臓の中にあるドロドロとした水分で混ぜればどうだろうか、と思いついた。拾った鶏の内臓を絞って、ものすごいニオイのするビチグソのようなもので少量の練り餌を作り早速試してみると、いやあ釣れる釣れる。プラーニンやプラーカーオと呼ばれている雑魚もかなり大き目だし、30cm以上あるイソックという赤腹の魚も2匹釣れた。イソックはとても引きの強い魚で、このくらいの大きさがあるとかなり釣り応えがある。キューンと、小気味よい糸鳴りがする。こんな調子で、昼過ぎまでには4~5kg釣れてしまった。にわか作りのウンコ臭い練り餌はたちまちなくなり、普通の練り餌にした途端にアタリが来なくなった。“よし、それなら今度は大量にこの餌を作って来ることにしよう”と決め、釣りをやめて昼飯を食べることにした。メニューを見ると、洋食は種類が少ないが、タイ料理と中華料理はたいていのものが揃っている。釣り堀の食事としてはできすぎである。初めてなので、試しに色々注文してみた。カニのカレーに野菜いため、雛鳥とタンの焼きものにトムヤムクン、小エビのチャーハンと、ソムサックと2人ではとても食べきれない量を注文したので、注文取りの女の子が驚いている。さてその出来ばえは……、と楽しみにしていた料理は、なかなかのご馳走であった。予想以上であった釣果より、さらに予想以上のおいしい料理に舌鼓を打つ。こいつはイケる!!予想通り、とても食べ切れはしなかったが、ソムサックは「うまいものを残すのはもったいない。」と、ヒーヒー言いながらむりやり胃袋に詰め込んでいる。さらに「食べ残しも、犬にやるんだ。」と言い、鳥の骨まで賄いに言いつけてビニール袋に入れてもらっている。
ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ 例の練り餌を用意してまた来ることにして、精算を賄いに言いつける。ここの賄いの女の子は皆メチャクチャかわいくて、ついニヤついてしまう。食事の値段も料理の味から見て安いと思うし、釣り代が人数や使う竿の数ではなく、釣果で決まるのも気に入った。たくさん釣れば当然料金は高くなるが、全然釣れなければタダである。この日の釣果は5kgで、釣り代は150Bであった。トゥクトゥクに釣った魚や釣具を詰め込んで帰り支度をしていると、30歳くらいの長身やせ型の色の黒い精悍な男の人がやって来て、「チェンマイから来たのか?」とソムサックと話かけている。しばらく言葉を交わしていたソムサックが、私に「彼が、あのうまい料理を作ったんだ。ここの料理人だよ。」と教えてくれた。「おおっ、そうか。あの料理はうまかった。またぜひ来るよ。その時を楽しみにしているので、よろしく頼むね。」と、挨拶をした。この彼の名前は、ミスターダムと言った。後に、このミスターダムとも大の仲よしになるのだが、これが彼との最初の出会いであった。

 帰りがけに、市場に寄って未加工の鳥の内臓を2kgほど買ったが、想像以上のニオイに圧倒されてしまった。わずかの間に目が痛くなり、頭がクラクラした。まさに、鶏糞そのものである。このすごいニオイが魚を呼ぶんだ、とはわかっていても、その売り場に長くとどまることはとてもできなかった。
 ダムロンの家まで帰りつき、ティップにその鶏の内臓で練り餌を作る相談をすると、早速ボールに腸の中の鶏糞そのものの、たまらないニオイのするドロドロした汁をしぼり取り、釣り餌を混ぜて「こんなもんでどうか。」と、試作をしてくれた。それは、釣り堀で隠れてコソコソ作ったにわか作りの餌よりもさらにニオイがきつく、ネットリとして重くて、とてもよさそうであった。私はそのできばえに満足し、“今度は、これでバッチリだぞ”と、大いに期待がふくらんだ。



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