ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(4)


BY:蘭菜太郎

≪注≫本文中に登場する人物などは、すべて仮名です。また、写真と本文とは一切関係ありません。



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■第16話:ダムロンがヤクザになるまで(3)


 クルンテープとの縁が切れ、チェンマイの生活が始まって一番喜んだのはティップである。実は、ティップは15歳の時に親によって身売りされ、ダムロンと知り合う前に娘を産んでいる。しかし、その子は運悪く娘であったため、ティップの意思とは関係なく産休の代償としてオーナーに取られてしまった。今では、どこでどうしているのかもわからなくなってしまったと聞いている。テイップにとってのクルンテープは、ダムロンと知り合ったこと以外には、惨めな思い出だけしかなかったのだ。彼女は、チェンマイではじめて普通の主婦の生活を知ったのである。自分という娘を売らなければならなかった、実家の家庭の事情は無論わかってはいるものの、“自分は親に売られたんだ”という事実はやはり拭い難いものらしく、両親がいるファーンの実家との付き合いは、今も時たまの帰郷とわずかな生活援助程度にとどめている。
 ティップは、その愛と気遣いのすべてをダムロンとその家族に注いだ。彼女は普段たいへん勝ち気な姉さんの役をこなしているが、ダムロンを全面的に信頼しており、彼に逆らうことは絶対にしない。ダムロンには服従の態度を崩さない人なのである。

 ところで、2人の間には子供ができなかった。ダムロンはそのことについてはいつも言葉を濁すが、どうやらダムロンの方にその原因があるとわかっているらしい。相撲取りやレスラー、ボクサーなど、格闘技を職業にしていた人達の中には、肉体的なダメージを受けた後遺症なのか、子供ができなくなる人が多いと聞くが、彼もそのクチなのだろうか。

 「今のダムロンからは想像もできないけれど、チェンマイに戻ってから本当にサームローの運ちゃんを5年もやっていたのかい?たとえ毎日マジメにやっても、ダムロンの飲み代にもならないと思うけど。」と聞くと、「そんなことはない。サームローの仕事だけで家族を養っている奴も大勢いる。ただ、やり方の問題だ。」と言う。
 「無論、いくらフリーで街を流していても、大した稼ぎにはならない。それこそ飲み代と飯代で終わってしまう程度だ。だから、普通は荷物運搬や子供の通学の送り迎えなどの仕事を契約して定期的にこなし、それ以外の時間は中継場で割の良い客を待つ。ホテルの客や観光客の案内や紹介で、コミッションが入れば最高さ。」と言う通り、実際にダムロンが毎日のようにサームローを流していたのは、はじめの1~2カ月だけで、実入りのある当時では一番客質がよかったチェンイン・ホテルの中継場の待ち権利をすぐに得たようだ。これも、今のダムロンの風格から想像しても当然だと思う。事実、街なかでサームローやトゥクトゥクを拾ってダムロンの家まで来ると、それらの運転手の半分近くがダムロンのことや住まいを知っていた。今でも、ダムロンは雲助連中の顔役なのだ。
ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ケオやソムサックが新米でも何とか仕事になったのは、ひとえにダムロンの顔がものを言っているのだ。ダムロンとまともに喧嘩して勝てると思う者はまずいないだろうし、そんな暴力的なもの以前に、風格というか怖さというか、そういうものが普通の雲助などとは比べものにならない。ダムロンは、本当に犬でも怖がる雰囲気を持っているのだ。
 ソムサックにトゥクトゥクをまかせてから、何のかんのとは言っても気がかりであるらしく、たまに様子を見にチェンイン・ホテルの中継場に寄るようになったが、そんな時は雲助連中はもちろん、ホテルの従業員までかなりの人がダムロンを知っており、挨拶をしていた。ダムロンはそうした人々に鷹揚に応え、何人かの古株と短い話をするだけで、長居をすることはなかったが、そんな時にはダムロンの姿を見ただけで慌てて逃げ出す輩が複数いて、仲間の失笑を買っていた。そういう奴らは、きっと以前にダムロンの怖さを身を持って体験したんじゃないかと思う。本当に、生涯忘れることのできないほどの怖さを……。
 そういう私とて、仕事柄色々な人に会い、色々なことを見てきて、滅多なことでは驚かなくなったと思っていたが、それがはじめて彼を目の前で見た時には、“この人は、多分殺し屋か何かじゃないか。絶対にまともな人ではない”と感じ、なぜか、“これは、このまま無事には帰れないかもしれない”と、肝を冷やした。事実、ダムロンはまともな人ではないのだが、そのまともじゃないものが、オーラのように滲み出ているのだ。たまたま、ケオを通して彼の内側で知り合ったので友達になれたが、私のような外国人が彼と親しくなるようなことは普通では有り得ないことだと思う。普通なら、君子危うしに近寄らずで、絶対避けるのではないだろうか。

 ある時、こんなできごとがあった。ホテルの前で丁度流してきたサームローに乗り、ダムロンの家のあるサンパコーイに向かう。その間中、サームローのおじさんは盛んに観光やナイト・ライフの案内をさせてくれ、としつこく言い続けていた。ダムロンの家の近くまで来ると、そこは私のような日本人が来るのには似つかわしくない場所と感じたのか「友達の家へ行くのか?」と聞いてくる。
 「ダムロンの家だよ。」と私が言うと、おじさんは驚いた。すぐに完全にサームローを止めて振り返り、「ダムロンというのは、あのダムロンのことか?」と、身振りで入れ墨を示している。「そうだよ、友達なんだ。」と言うと、おじさんは一度あたりを見回し、確かにダムロンの家に向かっていることがわかると、「ちょっと待ってくれ。」と言う。「あんたがダムロンの友達とは知らなかったんだ。だから、さっき誘った案内の話はなかったことにしてくれ。」と言うのだ。別に、何の約束をした訳でもないし、まったく聞き流していただけなのだが、おじさんの方はえらく気にしている。要するに、ダムロンの客を取ったとトラブルになるのを恐れているのだ。「わかった、わかった。だから早く行ってくれ。」と催促すると、ゆっくりと進み出しながらなおも確認してくる。「絶対に、ダムロンに言わないでくれ。彼とボクシングをするのはゴメンだ。」とか言ってる。ダムロンの家に着くと、ちょうどダムロンがそこにいて、ケオの次男のダナイを抱いてあやしていた。ダムロンは、おじさんを知っているらしく、ジロリとおじさんをひと睨みし、「デンよ、あまり酒を飲み過ぎるなよ。」と声をかけている。おじさんは慌てた様子でうなずいて、確認するように私に素早く目配せし、肩をすぼめて早々に走り去って行った。

 このように、雲助の中にはダムロンを恐れて彼に近寄らないのもかなりいるのだ。


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■第17話:ダムロンがヤクザになるまで(4)


 「そりゃあダムロンのことだから要領よくやっていたんだろうけど、それにしてもサームローの運転手を5年もやったなんて、今のダムロンからは信じられないな。前に、チェンイン・ホテルの中継場でケオの仲間から聞いたんだけど、ホテルで起きた面倒なトラブルをダムロンが丸く納めたことがあって、それでホテルから特別な客を紹介してもらってたんだって?」と、以前私が聞いた話に水を向けると、「ああ、あのことか。あれは、ホテルの駐車場で起きたトラブルだったんだ。俺達の溜まり場は駐車場の一角にあるので、俺達には駐車場の掃除や管理にある程度の責任があるんだ。トラブルを起こした奴はホテルの常連で、ホテルのほとんどの従業員に蛇蝎のごとく嫌われていた中国人のヒヒ親父で、それは嫌な野郎だった。しかし、やはり客は客なので、みんなガマンしていたんだ。ホテルの駐車場には、ガードマンを兼ねた駐車係がいるが、こいつも俺達と友達で仲良くやっていた。ある時、この駐車係のことをその中国人のジジイが、何があったのかは知らないが、ステッキでひどく殴りつけていたので、ともかく仲裁に入ったんだ。すると今度は、俺に殴りかかってきた。客に手を出したらタダでは済まないので、殴り返しはしなかったが、ステッキを取り上げて腕をねじると、女のような悲鳴をあげた。そして、“私は客だぞ! マネージャーを呼べ!!”と大騒ぎを始めたんだ。すぐに、フロント・マネージャーと何人かのボーイが駆けつけて来たんだが、駐車係のあまりにひどい様子を見て、さすがのマネージャーも態度を変えたんだ。この野郎は、以前にも従業員に手をあげたことがあって、フロント・マネージャーは頭に来ていたらしい。“どのような失礼があったのかは存じませんがお客さん、これはやり過ぎではありませんか?”と、逆にこの親父にねじ込んだんだ。“駐車係とダムロンに無礼をわび、怪我をさせた駐車係には慰謝料を払ってくれ。”と詰め寄り、“それがご不満ならば、警察を呼びましょうか?”と、開き直ったんだ。すると、この親父は急に弱気になって、“そんな気はない。”と言い、簡単に詫びを入れると、“後で治療費を請求してくれ。”と言って逃げて行ったんだよ。」と、ことの経緯を詳しく話してくれた。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ フロント・マネージャーはその時に、とにもかくにも客に手を出さなかったダムロンをほめ、彼を気に入ったらしい。その後、ホテルからダムロンに名指しで、金離れのよい客を次々と紹介してくるようになった。そうしたお客のプライベートな観光ガイドやナイト・ライフの案内は、コミッションを見込めることが多く、高収入になった。しかし、ダムロンはこれらの割のよい仕事の大部分を信用できる仲間に回していたらしい。無論、それ相応の仲介料は取るのだろうが、それでも割のよい仕事であることに変わりはなく、雲助仲間のダムロンに対する依存と忠誠の度合いは高くなっていった。そして、それこそがダムロンの本当の狙いだったのだ。こうして手なづけた運転手達を自分の子分として、闇家業の仕事の手伝いをさせていたのだろう。所詮、サームローの仕事はダムロンの隠れ蓑に過ぎず、やはりずっと以前から続けていた闇取引の仲介が本業であったのだ。なぜなら、生活のために本気でサームローをやっているなら、そんな一番オイシイ仕事を人に渡したりはしない。いかに割のよい仕事であっても、雲助の仕事は結局、彼の隠れ蓑と裏社会の仕事をやりやすくする道具に過ぎなかったのだ。

 「4年前には、ケオが麻薬所持と使用の罪で逮捕・起訴され、懲役1年を言い渡されたんだ。」とダムロンが話を変えた。「えーっ!! ケオは前にも警察に捕まったことがあったのかい?」と聞くと、「実はそうなんだ。前回も10カ月ほどで出てきたんだが、その時もやはり麻薬を断たせるのに手を焼いたんだ。当時、ケオはソムサックとともに、妹のイモンの夫であるタウィの経営する自動車整備場で手伝いをしていたんだが、“そんなことがあっては、いかに義兄とはいえ、いや義兄であるからこそ、他の従業員にしめしがつかない。”と断わられ、出所しても仕事がなかったんだ。ちょうど、その頃にチェンイン・ホテルの経営者がかわり、それに伴って俺達とつながりのあったマネージャー達も入れかわってしまった。そこで、3年前に出所してきたケオが何とか更生できるように、サームローの仕事をまかせることにしたんだ。」と言う。そして、ケオがサームローの仕事を受け継いでから1年後に、私と知り合ったのであった。
 「ふーん、まあダムロンには昔の顔があるから、また雲助の仕事に戻っても、気楽な家業でやっていけることはわかるよ。でも、今、そこまでする必要がどこにあるんだい? ダムロンがまたそんなことを始めても、今さら誰も本気にしないと思うよ。第一、ほとんど何の足しにもならないだろう。本当にダムロンの飲み代とタバコ代以上の稼ぎには、ならないんじゃないか? 特に今は、団体の観光客が増えて、プライベートな個人客が少なくなり、昔のような旨味は少なくなったと言うぜ。そんなことはダムロンのほうがよく知ってるはずだろう?」と問いただすと、「もちろん、トゥクトゥクの収入をあてにしている訳ではないが、まあちょっとやってみたいんだ。毎日やるつもりなどないし、どんなものか見る程度だよ。ほんの遊びだ。」とか言っている。「まあ、好きでやる分には文句はないさ。毎日家でブラブラしているよりは絶対健康的だし、金もかからない。トゥクトゥクの借り賃と燃料代くらいにはなるかもね。よし、今度チェンマイに来た時には、ダムロンのトゥクトゥクを借り切りにしてみようかな。ダムロンのトゥクトゥクで友達を迎えにクルンテープまで行くんだ。きっとすごく驚くだろうな。」と冗談を言うと、ダムロンは大笑いして、「いや、そいつはホントに面白いかもしれない。」と言ってから少し考えて、「やっぱり、クルンテープまではちょっと大変かもな。」と言って、また笑った。

 その後もダムロンは、私の予想通りトゥクトゥクを本格的にやることはなく、以前と同じように釣りに行くか、そうでなければ、いつも家にいた。ソムサックにはもうトゥクトゥクを貸さなくなり、ソムサックは嫁さんのニンの実家から金を借りて、もう1台トゥクトゥクを借り、独自に仕事を始めた。しかし、売上のほとんどすべてを飲んでしまうので、生活は当然困窮し、契約通りにトゥクトゥクの借り賃を払えなくなり、わずか数カ月で挫折してしまった。

 この頃から、私の知り合いの日本人が、たびたびダムロンの家に出入りするようになった。私が、チェンマイに“ダムロンの家”という面白い居場所を作ったことが広まり、この年の秋から翌年の秋にかけての1年間くらい、私の旅仲間だけでなく、その旅仲間の友人まで、10人以上の日本人が頻繁にダムロンの家に出入りするようになったのである。

 これが、実は後によくない事態を引き起こす伏線になったようなのだが、当時は私を含め、みんな本当にこのダムロンとの関係を楽しんでいた。当のダムロンでさえ、日本人が大勢で家に来るのを楽しんでいたのだ。ダムロンの運転するトゥクトゥクに、それぞれ気心の知れた日本人達がギュウギュウ詰めで乗り込み、大騒ぎをするのである。楽しくない訳がない。


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■第18話:ダムロン、逮捕される


 その年(1988年)の6月末、ダムロンが逮捕された。

 ちょうど、私も旅仲間も出入りしていない時で、チェンマイに行って話を聞くまでまったく知らなかった。7月、久しぶりに遊びに行くと、ダムロンが「実は俺は、今謹慎中なんだ。」と言って、困った事情を打ち明けてくれた。
 ダムロンを逮捕したのは普通の警察官ではなく、国際麻薬取締機関のクルンテープ(バンコク)支部の捜査官か何かだったようで、親友のウイラットをはじめとするチェンマイ警察のスタッフは、誰も知らなかったらしい。6月末の早朝、刑事2人と警官3人がやって来て、ダムロンに逮捕状と捜査令状を示し、手錠をかけてから彼の家とその周辺を捜索したという。
 ダムロン自身にとっては、まったく寝耳に水のできごとで、そんな国際組織が自分を狙っていたことにはぜんぜん気づかなかったようだ。「チェンマイ警察の職員のほとんど全員を知っているが、やって来た警官に知った顔はいなかった。何しろ、年配の制服警官の肩や胸にはやたらと勲章がついていて、あれはたぶんチェンマイ警察の所長より格上の警官なんじゃないか。」と言う。「それで、警察の家捜しで何か出たのかい?」と聞くと、「実は、ガンチャー(マリファナ)が1kgほど出てきたんだ。これは友達からの預かりもので、運悪くたまたま家に置いてあったんだ。しかし、警察があるとニラんだヘロインに関しては、無論出てこなかった。そんなヤバイ物を家に置いておくようなことはしないが、ガンチャーに関してはまったく気軽に引き受けて友達から預かっていたもので、運も悪かったし、大いに不注意でもあった。まさか、“俺のものではない”と言って、友達の名前を出す訳にもいかんしな。参ったよ。」とか言っている。
ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ 「それで、逮捕されてからどんな処遇を受けたんだい?一応は、警察に連行されたんだろう?」と聞くと、「逮捕されたんだから、当然だよ。でも、連れて行かれたのは警察署ではなかった。刑務所の一角にある取調室に連行され、留置場ではなく刑務所に入れられた。取り調べにあたった刑事はすべて逮捕した刑事と同じ顔ぶれだったので、これらの様子からチェンマイ警察とは関係を持たない、特殊な少数精鋭の組織だと考えたんだ。だから、拘留中にウイラットをはじめとする知り合いの警官に会っても、誰にも声をかけなかった。俺の友達程度では迷惑をかけるだけで、どうにもならないだろうと分かったからな。」と言う。後からウイラットが語った話では、やはり思った通りウイラットなどでは口も聞けないほど偉い、国際麻薬取締官であったようだ。どうやら、かなり前から偵察されていて、出入りしていた多くの日本人のことを執拗に聞かれたと言う。「7日間の拘留中に5回ほど取り調べを受け、結局は家捜しで出てきたガンチャーの大量所持で起訴された。略式裁判で懲役1年を言い渡されたが、一応は初犯であるので3年間の執行猶予が与えられ、すぐに釈放されたんだ。」と苦笑している。ダムロンが、恐らく今もやっているであろうヘロイン密売の証拠が出て起訴されていれば、当然執行猶予などでは済まなかっただろう。不幸中の幸いだった、と私は思った。

しかしそのわずか数か月後、ダムロンの悪運もついに尽きるのである。

 9月末、やっと休暇を取ってチェンマイを訪れ、この時もいつものようにダムロンと楽しく過ごした。気のせいか、いつもみたいな迫力に欠けてはいたが、ダムロンも楽しそうにしていた。
 彼の家族全員を誘って、チェンマイ・コカでタイスキを本当にイヤになるほどたくさん食べた。ずっと前にタイスキに行った時、私に注文をまかせてヒドイ目にあったことがあり、ダムロンはいつもタイスキでは私に注文をまかせっきりにはしないのだが、この時は成りゆきで私が注文をしてしまった。途中で、「いくら何でもこんなに食べられますか?」との係の女の子の問いかけでダムロンが気づき、あわてて確認してかなり取り消しや変更をしたのだが、それでも出てきた量は、とても食べ切れるものではなかった。全員力の限りがんばったが、降伏と玉砕が相次ぎ、結局かなりの量を残すことになり、みんなでまたもヒドイ目に遭ってしまった。
 日本に帰国する数日前に、一郎が拳銃を購入し「これをダムロン名義で登録してくれ。」と彼に頼んだ。それは、357マグナムのリボルバーで、言わずと知れたダーティーハリーの拳銃であった。相手が人間ならば、こんな威力は必要ないのでは?と思うほどの音と反動で、とても正確な狙いなどかなわない代物である。これに弾丸を装填したら1kg半くらいはあるので、衝立のごとき大男である一郎以外には扱えない拳銃であった。一郎が、「射撃はからっきしなダムロンには逆に向きかも。」とか言っている。私は、“謹慎中のダムロンにも、拳銃の登録ができるのかな?”と思ったので後で聞くと、「ダメならほかの誰かの名義にする。ぜんぜん問題ない。」と言うのだ。何年か後に、この拳銃によっていくつかのトラブルが起きるのだが、その時は拳銃を買った銃砲店の手続きで、ダムロン名義で思ったより簡単に登録ができてしまった。
 その時は10月のはじめまでをチェンマイで過ごし、何ごともなく日本に戻った。

 その後11月のはじめにも、数日の1人旅ではあったがチェンマイで過ごした。この時も、何ごともなくダムロンと楽しく遊び、語った。この頃には、もはやダムロンも私も執行猶予のことなど気にかけなくなっていた。しかしこの時、私がチェンマイを離れてからわずか10日後に、ダムロンは警察に再逮捕されたのだった。このダムロンの再逮捕のことも、私はしばらくの間まったく知らなかった。私が知ったのは、ダムロンの再逮捕から1か月以上後のことであった。
 1989年の1月、久しぶりに正月を日本で過ごした私のもとに、チェンマイに行ってきた旅仲間から、“ダムロンが警察に捕まった”との悪いニュースがもたらされた。「もう、ダムロンのところには遊びに行けないみたいだ。」と彼は言う。
 “そんな馬鹿な……”とは思いつつ、私はダムロンが執行猶予中であったことを思い出す。もし、最悪何かの罪で起訴されれば、当然執行猶予は取り消され、懲役はどうしても免れないだろう、と思いあたった。

 そして、この私の予想した最悪の事態は、現実となっていた。


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■第19話:残された者たち(1)


 1月末チェンマイに到着し、もうすでに夕暮れであったが、ただちにダムロンの家に行く。しかし、家は珍しく施錠されていて誰もいない。洗濯物を取りこんでいたソムサックの奥方のニンが、その動きを止めて暗い顔で私を見ている。私の方から近づいていき、ダムロンの家を身振りで示し「どこに行ったんだ?」と聞くと「何もかも、すべてもうダメです。もうすべて終わってしまったのです。」とか訳のわからないことを言ってうなだれてしまった。彼女ではラチが明かないので、ケオの家へ行ってみる。すると、ケオの家も施錠されていて誰もいない。
 ちょうどそこへ、ソムサックがフラフラとやってきた。一目見ただけでかなり酔っているとわかる。彼が酔った時特有の、反抗的で不機嫌な顔をしている。ソムサックは、1年前に自分ひとりで始めたトゥクトゥクの仕事が破綻してからここ数か月、仕事もなくブラブラしていたらしい。酔っ払ったソムサックにむずかしい事情を聞くのはさらにラチが明かないので、やめにする。「明日、なるべく早い時間に来るから。」と言い残して、その日は事情の分からぬままホテルに帰った。

 翌日、昼前にダムロンの家に行くと、ティップがいた。彼女の大変気落ちしている様子がありありとわかり、とても痛々しかった。昨日は、ケオの家族とともにダムロンの面会に行っていたのだそうで、1日か2日おきに差し入れを兼ねて出かけているという。気落ちして口の重いティップが途切れ途切れに語る、ダムロンが再逮捕された時の状況は、正に私の考えた最悪の事態のシナリオ通りであった。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ダムロンを再逮捕したのも、また前回と同じく国際麻薬取締官であった。今回は、どうやら売り先からの芋づる逮捕であるらしく、ダムロンの家自体は麻薬取引に関係していないとわかっていたらしい。ダムロンの逮捕だけで、家宅捜査はされなかったという。
 「それで、ダムロンはどれくらいの罪になるんだ?」と聞くと、「実は、まだ決定していません。ダムロンがどうするのかを決めないとダメなのです。」とか言っている。
 ティップの言葉だけでは、私にはどういうことなのかわからなかった。タイの法律では、ヘロインの密売で捕まると死刑になる場合すらあり、殺人と同格の最も重い犯罪のひとつになる。前回の大麻の大量所持などとは、比べものにならない重大犯罪なのである。10年や20年の懲役は、当たり前なのだ。「まあ、何とか気をしっかり持って対処するんだよ。」となぐさめていると、ケオの興奮した声が聞こえて来たので、「すぐに戻るから。」と言い残してケオの家に行ってみる。ケオの家には、隣に住んでいるブンと、ダムロンの弟分であるパンもいて、喧嘩腰の議論をしていた。私はしばらく黙って聞いていたが、興奮して猛烈な早口でまくし立てるチェンマイ語にはとてもついていけず、「奴は約束を守りっこない!」とか、「奴らにとっては、ダムロンなんかどうでもいいんだ!」とか断片的な発言しかわからず、議論の要点が見えない。
 議論に行き詰まり3人とも言葉を失ったところで、ケオが私に「ダムロンが警察に捕まってしまったんだ。」と情けなさそうな泣き顔で言ってきた。
 私はうなずいて、「それで、ダムロンの量刑はどういうことになったんだ?」と聞くと、「それがまだ決まっていないんだ。」と、ティップと同じようなことを言っている。「それはどういうことなんだ?ダムロンが逮捕されて、もう2か月近くなるんだろう?」と聞くと、ケオはブンとパンの顔を見て、絶句してしまった。


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■第20話:残された者たち(2)


 悲しそうな顔をして押し黙っまったままのケオを見かねて、ブンが事態を説明してくれた。警察は、まだ追起訴をするので決審ではないと言うが、ダムロンの麻薬密売関与に対する判決はとっくに出ており、懲役1年6ヶ月とのこと。しかし、これ以上起訴されなければの話で、主犯角として追起訴されればもっとずっと重い刑になるんだという。パンが「警察は、何もダムロンを重罪にしたい訳ではないんだ。ただ、ダムロンの仕事仲間を全部捕まえたいのだ。」とか言っている。要するに、警察は芋づる式に捕まえたダムロンから、次の芋づるの手がかりを司法取引で聞き出そうとしているらしく、“お前がすべてを有り体に白状しないと、主犯として追起訴するぞ”、と脅しているらしい。ダムロンなど、所詮は密売組織の無数にある手足のひとつにしか過ぎず、警察はその本体を捕まえたいのだ。
 パンに、「もしもダムロンが白状したら、仲間に報復されたりするのか?」と聞くと、「まさか。そんなことをすれば警察が黙ってないからできないけれど、もう組織の仕事は続けられなくなるだろうな。」と言う。「それで、ダムロンはどうするつもりなんだ?」とたずねると、「いや、これはすべて弁護士の助言でやってることであって、ダムロンの考えではないのだ。」と言う。ダムロンの弁護士は、司法取引でダムロンの量刑を少しでも軽くするつもりらしい。この弁護士は親友の警察官ウイラットが紹介してくれた人で、刑事事件専門の凄腕と評判の切れ者らしが、それでも大抵は裏で警察とつるんでおり、全面的には信用ができないのだそうだ。
 ともかくも、懲役1年6ヶ月は確定しており、しかも執行猶予中だった懲役1年の分も上積みされて、現時点で既に懲役2年6ヶ月は確実となっている。これだけでも大変なことになったものだと考えてしまうが、これだけでは収まらないとなると、一体どうなってしまうのだろうか。無論、ダムロンの罪は明らかであり、自業自得の当然の結果といえばそうではあるが、これまで親しく友達付き合いをした仲でもあり、何とかならないものかと思ってしまう。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ケオ、ブンとパンの3人を誘って、ダムロンの家に行ってみる。すると、家ではティッブが寂しそうに繕いものをしていた。この時、彼女は他人には慰めようのない悲しみの中にいた。彼女のこの傷心の様子に心を打たれたのは私だけではなかったらしく、ティップの姿を前にして、全員が言葉を失ってしまった。黙ったまま、ただ突っ立ってる4人にティップが座るように言うまで、誰も動くことすらできなかったほどの重い悲しみが、彼女から伝わって来た。ティップにも我々の沈黙の理由がわかったらしく、遠くを見るように目を上げ、「ダムロンは、私の命の恩人なのです。私はダムロンに命を救われたのです。」と言って、うつむいた。
ティップにとってダムロンは、親に売られて苦界に落ち、白黒ショーにまで出されて絶望のどん底にいた彼女を救ってくれた、大恩人だと言うのだ。その大切な大恩人を奪われ、ティップは精神的な支えを失い、完全に参ってしまったのである。
 私は、先程聞いた司法取引の話を持ち出し、「ダムロンに白状するつもりがあるからこその駆け引きなのだろうから、これは十分見込みがあるのではないかと思う。すでに決審している分だけで済めば2、3年で出て来れるし、その程度で済めば大したもんだと思うよ。最低2、3年と簡単に言っても、これはとても長い時間なのだから、家族が力を合わせて何とか乗り切る覚悟をすることだよ。そんな弱気ではダメだよ。」と言うと、気のよいブンが「そうだ、そうだ。まだ始まったばかりで先が永くなりそうなのだから、ダムロンがいない間、ティップはここで頑張らなくてはならないよ。ダムロンが大病か大怪我でもしたと思えばいいじゃないか。面会はできるのだから、困ったことは相談すればいいのだし、無論、俺達だってできる限りは協力するよ。だから、そんなに気を落とさないでくれ。」と言って涙を浮かべている。パンが、「そんなティップを見たらダムロンも悲しむだろうし、今が正念場のダムロンの精神的な邪魔になってしまう。できることをひとつひとつやって、結果が出てからどうするかを決めてもいいんだ。俺はあの弁護士は信用できると思う。奴は必ずよい結果を出してくれると踏んでいる。ケオは心配しているが、あの弁護士はケオが捕まった時に付いたような、国選の弁護士とは全然違う。本気で頑張って検察と渡り合っているんだ。だからこそ検察も追起訴ができず、決審が長引いているんだと思うよ。同じ事件の追起訴は判決から3か月以内にしなくてはならないから、普通ならとっくに追起訴しているはずで、これは、検察が交渉する気でいるということなんじゃないかな。麻薬取締官だって、普通の警官と同じように所詮は役人で、面子の保てる結果が必要なんだ。ダムロンが何年の刑を受けるかなんて、まったく気にしちゃいないさ。ダムロンの情報から、次の手がかりが得られなければ、ダムロンを主犯としないといけないから迷っているんだ。」と言う。なるほど、ダムロンの弁護士は、情報だけ与えてその結果を待たずに決審させるつもりなのだ。ダムロンの情報提供による捜査協力を餌にして、国家権力と綱渡りを演じているらしい。追起訴に期限がある以上、逮捕前と違って時間は警察と検察の味方ではない。“こいつは、行けるかもしれないな”と、私は思った。しかし、楽観は悪い結果が出た時に失望も大きいので、ティップには、「とにかく、決審まではどうなるかわからないのだから、気持ちをしっかり持って対処していこうよ。すぐにダムロンに会って話を聞きたいから、明日でも面会に連れて行ってくれ。」と言うと、ティップもやっとわずかに笑顔を戻し、「明日行きましょう。必ず行きましょうね。」と答えてくれた。私は、明日ダムロンと会えばもっと何かわかるかもしれないと期待したが、この面会は私の想像したものとは全然違うものであった。



管理人も、日本に住んでいた時はよく使っていました



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