ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~(2)


BY:蘭菜太郎

≪注≫本文中に登場する人物などは、すべて仮名です。また、写真と本文とは一切関係ありません。



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■第6話:ダムロンの正体


 そのとても無秩序なパーティーも、8時を過ぎると急に人が減って、例の小博打も面子が揃わなくなり、早々にお開きとなった。調理や賄いを手伝ってくれていた近所のおばさん達も、余った食べ物を手に持ちながら、みんなダムロンやティップにひと声ふた声かけて帰って行き、縁台の周りは家族と4~5人の近所の人だけになった。ケオにサームローでホテルまで送ってもらいながら聞いたところ、パーティーには1万B以上かかったようで、やはりすべての費用がダムロンから出ており、祝われた子供の父親のケオには金がなく、病院の費用すらもティップから借りており、パーティーの費用など出せなかったそうだ。「ダムロンには、どうして金があるんだ?」と聞くと、ケオはニヤリと笑って「知らない」と言う。ニヤリと笑って知らないと言うことは、“知っているが言えない”ということで、言えないようなことをしているのであれば、長兄ダムロンは、やはりかなり危ない人のようである。

 そして、その無秩序なパーティーから1カ月ほど後、ついに長兄ダムロンの本業をかいま見る機会がやって来た。

 それは、雨期に入る前のやたらと蒸し暑い日で、隣家に住んでいるブン、それにケオと私の3人が、ケオの家で“暑い暑い”と言いながらトランプ遊びに興じていると、ダムロンの家の前に見なれない車が止まった。この辺りではめったに見られない高級車なので、“何だ、誰だ”と見ていると、白人が一人降りてきた。そして、そのファランは、迷うこともなくダムロンの家に入って行った。ケオに「あのファランは何者なんだ?」と聞くと、ニヤリと笑い、「ダムロンの友達で、年に2~3回来る人だ」と言う。それ以外は名前も国籍も知らないらしく、ケオは話をしたこともないらしい。10分ほどたってから、ダムロンとそのファランが家から出て来た。ダムロンは私の方を見て、軽く手を上げて挨拶をしてから車に向かい、助手席に乗り込んだ。ファランがゆっくりと運転席に乗ると、その黒い高級車は、まるで辺りを騒がせることを恐れるように、そっと静かに走り去って行った。
ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ それは非常に不自然で、訳ありげなものだった。色々な可能性が私の頭の中でひらめき、“まさか”と“かもしれない”を繰り返した。ケオに「ダムロンは、どこに行ったのか?」と聞くと、ニヤリと笑って「知らない」と言う。私は、ますます混乱してしまった。まさか映画でもあるまいし、どこかの国際的組織が絡んでるとかじゃないだろうね。あのファランがどこかの情報組織か何かのスパイで、ダムロンはその手先だったりしたらスゴイよ、などと大袈裟に考えてしまう。ダムロンの親友である警察官のウイラットとの関係かとも考えて、「もしかしたら、あのファランは、警察かCIAじゃないのか?」と聞くと、そばにいたブンが吹き出して大笑いした。そしてブンは、兄弟のケオが決して教えてくれなかったダムロンの生業を、ケオの顔色をうかがいながらゆっくりと話してくれた。

 その話の間中、ケオは否定も肯定せず、ずっと黙って聞いていた。そのブンの話では、「あのファランはそんな大層な者ではないが、いずれにしろ、どこかのマフィア組織の構成員であることは間違いない。あれは、間違いなくヘロインを買いに来たんだろう」と言う。無論、あのファランの個人用ではなく、ビジネスのためのもので、そうした取引の仲介をダムロンは以前からしているようだ。この程度のことは、親しくしている人の多くが感づいているが、決してそのことを誰かに話したり、噂にすることはない。そんなことをすれば、普段から世話になっているダムロンやティップに迷惑がかかるし、それこそ近所からまともに付き合ってもらえなくなってしまう。そして、だからこそ、ダムロンはちょっと夫婦で小旅行をした時でも、近所中に土産を買って来たり、個人や家族の抱える色々な問題の相談に乗ったり、あのパーティーのようなお祝いを兼ねて、みんなにご馳走したりしているのだと教えてくれた。
 警察官のウイラットは、多分何も知らないだろう。知っているとしても、見て見ぬふりをしており、このことに何の関係もしてはいないらしい。ダムロンは、刑務所へ行くことよりも、親友のウイラットに迷惑がかかることを恐れている。ブンは、「だから、ウイラットには無論のこと、ダムロンの仕事については誰にも話したり、聞いたりしてはいけない」と、子供を諭すように話してくれた。そして、最後にブンはケオを見て、「事情を教えておかないと、まずい人にまずいことを聞いたりするから」と言い、ケオはそれにうなずいていた。

 なるほど、これで疑問のほとんどが解決できた。ダムロンの生業は闇取引の仲介で、それをずっと隣近所に知られずにいることは不可能なので、公然の秘密になるように常に努力しているのだ。周りの人もこれを理解・了解しており、外部に漏らすことはない。タイ警察は、情報提供者には賞金を出すが、親友のウイラットには通報者が誰かすぐにわかるだろうから、バカなまねをする人もいないのだ。ダムロン自身は、一切麻薬に手出しすることはなく、また個人的な小売りもしないので、現物を手元に置いておくこともないのである。

 自分の公然の秘密を私が知ったことをケオからでも聞いたのか、ダムロンの私に対する接し方が、それ以後とても親しいものに変わっていった。その変化を感じてか、他の兄弟はもちろん、近所の人達までが今まで以上にとても親しく声をかけてくるようになり、彼らの家に招かれて話し込んだりすることも多くなった。
 この頃になると、ケオの家にいるよりも、テレビや扇風機があり、より快適なダムロンのところにいることが多くなって来た。


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■第7話:頼もしい友人の誕生


 この後、私が日本に帰っている間に、ダムロンの母親が亡くなった。腸か胃のガンだったようで、1カ月前から自宅で臥せていたが、病状が悪化したので病院へ連れて行ったところすでに手遅れで、1週間ほどで亡くなったとのことだった。ティップが葬式の写真を出して見せてくれ、ダムロンは「医者が、かなり前でもすでに手遅れであっただろうと言っていたので、すぐに入院させても時間の問題だったろう。苦しむのが短かっただけもよかった」と言っていた。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ダムロンは、タイ人のくせにえらく暑がりで、「暑い、暑い」と言ってはすぐに上半身裸になるくせがある。彼の上半身にはたくさんの入れ墨がしてあり、日本のヤクザの唐くり紋と同じような具合になっている。タイ人の男性は、タイ式仏教のしきたりでそれに関係のある入れ墨をしている人が多いが、彼の場合は別の入れ墨の方が多く、色々な模様や動物が色墨を加えて表されている。家にいる時ならまだしも、たまに食事に出かけた時にでもすぐに「暑い、暑い」と言ってシャツを脱いでしまうので、その場にいる人はみんな目を見張り、ヤクザ者と判断して静かになってしまう。それもそのはず、入れ墨とともに彼の御面相は凄い悪相なだけではなく、若い頃にやっていたムエタイ(タイ式キックボクシング)の名残である肘打ちを受けたあとが5カ所ほど黒く残り、これはタイ人ならば大抵の人が何の傷かわかるので、キックボクサー上がりのヤクザ者であることが丸出しとなる。しかし、ダムロンはそんなことを意に介せず、道を歩いている時にでもいきなりシャツを脱いだりする。そんな時に、向こうから歩いて来る人は驚いて立ち止まったり、脇道や車道に逃げたりする人もいる。まあ、彼の入れ墨と御面相を見れば大抵の人は避けたくなるんだろうけど、ダムロンはこれらの反応を楽しんでいるようでもあり、私にはとても風変わりで、頼もしい友達となった。

 雨期が明けて、さわやかな秋晴れが広がる頃のこと、ダムロンの家に遊びに行くと、彼が小さな拳銃を見せてくれた。それは、昔から家にあったというもので見るからに古く、もう使えないことは一目瞭然の代物で、手の平ほどの小さな22口径8連のリボルバーであった。「本当にドンパチできるものはないのか?」と聞くと、「必要ないので自分は持っていないが、拳銃を撃ちたいならば射撃場に行こう」と言って、まず銃砲店に行き、22口径と38口径の弾丸を買い、警察官などが射撃訓練をするためにあるらしい、チェンマイ・スタジアムの奥の射撃場へ連れて行ってくれた。一般の人にも有料で銃や弾丸を提供してくれるその射撃場は、前に私も何度か行ったことはあったが、弾丸を持参して行ったのはこの時が初めてであった。ダムロンは、射撃場の責任者であるらしい初老のおじさんと親しいようで、盛んに冗談を言い合いながら拳銃を借りる手続きをしている。一緒に来たケオとソムサックが、標的を張ったり並べたりして準備完了、バン!バン!バン!。普通、ひとりで来た時には、30分も射撃に集中すると疲れてしまうものだが、何だかんだと大騒ぎしながら4人交替で遊んでいるうちに、2時間以上も過ぎ日暮れになってしまった。

 この時わかったのは、ダムロンの射撃の腕はからっきしであり、エレベーターの中ならばともかく、彼に銃で狙われても走って逃げれば、まず玉はあたらない、ということであった。とにかく“本当に狙って撃ってるのか?”と疑いたくなるほどその腕前はひどいもので、全くの初めてというケオやソムサックよりもさらに数段は下手クソであった。本人はどう思ってるかわからないが、もしダムロンが必要があって銃を持っても、脅し以外には全く役に立たないと思った。


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■第8話:ケオの逮捕


 その年の10月、ケオが警察に捕まった。

 何でも、悪友たちと博打をしているところを警官に捕まったが、その中の何人かが麻薬を持っていたためにケオも同罪とされて、禁固刑1年を言い渡されたとのことであった。
 ダムロンに「それはえらいことになったではないか。どうするんだ?」と聞くと、「どうにもならないさ」と、あっさりした答えが返って来た。多少の金やコネで何とかなるくらいなら、とっくにそうしている。しかし、大金を賄賂に使うことは、ケオの収入から考えても意味がないし、1年といっても、実際には10カ月足らずのうちに保釈で出てくる。その間は、家族の面倒を自分が見るし、差し入れもする。何も問題はない、と言うのだ。それよりもダムロンは、ケオが、今まで自分の目があったために外で悪友とたまに手出しする程度であった麻薬の、常習者になることを恐れていた。
 ダムロンの懸念の意味を理解できなかった私が、「だって、ケオは刑務所に入っているんだろう?」と質問すると、「刑務所の中のほうが麻薬は簡単に手に入るし、値段も安い。第一、捕まる心配がない。」と言うのだ。一体、どういう刑務所なのであろうか。それでは、何のための収監か、まったくわからないではないか……。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ケオが刑務所に入ってしまったため、その後私の足であるサームローは、ソムサックが漕ぐことになった。ソムサックのサームローは、はじめは頼りなかったが、少し慣れてくると、やせたケオよりも若くパワーがあり、乗り心地がよかった。しかし、彼は若いのに酒好きで、つい飲み過ぎた時には目が座り、気が大きくなり、そして不機嫌になった。シラフの時にはおとなしく、真面目ですらあるのだが、悪酔いすると手が付けられなくなり、ダムロンの堪忍袋が切れて、ぶん殴られるなどということもあった。ソムサックがケオの代役を務めることになり、ケオが仕事のベースとして使っていたチェンインホテル前の既得権も譲り受け、夕方になると稼ぎに行くのだが、日銭が入るし、うるさく言う者もそばにいないので、夜は酔っぱらっていることのほうが多かった。
 そのうち、飲み代をせびりに、真夜中に私のホテルを訪ねて来たりするようになってしまい、何度目かで私もガマンできなくなり、ダムロンに相談すると、彼はもの凄い剣幕で怒った。普段でも怖い顔が破裂しそうなくらいにふくらんで、目が怒りで引きつっている。私の話を聞いて、立ちあがったかと思うや猛然と家を飛び出し、裸足のまま吠えるような大声で、ソムサックを罵倒しながら彼の家まで一目散に突進して行く。乗り出すようにソムサックをにらみつけ、拳を固く握って耐えるように脇につけて一言二言何かを言うと、どこでも構わずソムサックを無茶苦茶にこづき回しはじめた。
 あげくの果てに、家の前に置いてあったサームローを頭の上まで持ち上げて地面に叩きつけ、散々蹴り倒し、踏みつけてバラバラに壊してしまった。その時に、ダムロンが本当に怒ったところを初めて見たわけだが、それはもう凄まじいの一言で、とても止めに入れるような状態ではなかった。自業自得とは言え、声も出ないほどに散々殴られ、今では生活の稼ぎを得るための大切なサームローを無残に壊されてしまったソムサックがかわいそうに思えてきて、腹立ち紛れにダムロンに言いつけてしまったことを後悔した。

 ダムロンは、やはり怖い人なのだ。


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■第9話:トゥクトゥク登場


 それから2~3日たって、ダムロンの家の近くまで行ったところ、彼の家の庭でトゥクトゥクの力強いエンジン音がするのが聞こえてきた。見ると、ダムロンがトゥクトゥクに乗り、悦に入った様子でエンジンを空ぶかしして調子を見ていた。
 当時、チェンマイでもかなり数が増えてきたトゥクトゥクは、ソンテオに次ぐ民間交通機関の主流になりつつあった。機動性から言ってもサームローの比ではなく、競争の原理で、サームローはその数をすでに激減させていた。
 「いったい、どこから持ってきたんだ?」と私が聞くと、「ちゃんと契約して借りたのだ」と言う。借り賃は1日あたり90Bで、3,000Bの保証金を払ったとのことである。「これを何に使うんだ?」と尋ねると、「昼間はここに置いて、自分のバイクがわりに使う。夜は、ソムサックに仕事で使うように貸すが、また酒を飲むようならば即刻取り上げる」と言って、いまだに殴られた傷が治っておらず、顔面アザだらけのソムサックをジロリとにらんだ。ソムサックの後ろで、彼の若妻のニンがうなだれている。私も、今度は酔っ払って運転して事故でも起こされれば、ただでは済まないことになる。それこそ、かわいい奥さんを路頭に迷わすことにもなりかねないのだから、仕事の時に酒は禁物だよと、意見を言う。酒が入っていない時のソムサックは実によい奴で、「もう酒は飲まない」と言って涙を流している。しかし、これで彼の酒癖が治る訳ではないだろうから、本当に危ないことにならなきゃいいけど……と心配になった。
 ソムサックのトゥクトゥクは、それからしばらくの間、まじめにやっていた。たまにほろ酔い程度のことはあっても、前のように仕事中に滅茶飲みすることはなくなり、彼なりに自重している様子であった。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ ある時、ソムサックと中華食堂で食事をしていると、店の奥にある会計のカウンターに座った、その店の娘らしい中国美人がこちらを見ている。実際には、私達が座っているテーブルの向こうに置いてあるテレビを見ているのだが、彼女の美しい顔立ちがよく見える距離であった。ソムサックに、「おい、すごい美人がお前を見ているぞ」とささやくと、周りをキョロキョロと見回して、「どの娘だ?」と言う。どの娘も何も、すぐに気がついてもよさそうなものなのに、わからない。「あの娘だよ」と、目立たぬように指差すと、カウンターの娘とテレビを見て状況がわかったのかニヤリと笑い、「あの娘は、本当にそんなに美人なのか?」と聞いてくる。私は、「かなりのもんだと思うけどな~。ソムサックはどう思う?」と逆に尋ねると、「よく見えない」という答えが返って来た。そのカウンターまで5mほどしかないのに、そこに座っている娘が美人かどうかわからない、というのだ。「ソムサック、もしかしたら、お前は目が悪いんじゃないのか?」と聞くと、「検査したことがないから、わからない」と言う。そこで、早速、近くのメガネ屋に行き視力検査を受けさせてみると、0.2と0.3でメガネなしの私よりさらに悪かった。その時に、まあまあのメガネを買い与えると、「お~、よく見える!!! 世の中は、こんなにもはっきりとした世界だったんだ!!!」と、大感激していた。
 1987年の正月過ぎに、私の甥っ子の一郎が、家業の下見にタイへ来たついでに、私を訪ねて初めてチェンマイにやって来た。家業で営業を任されている彼は、酒付き合いが上手で、酔っ払ったソムサックのあしらいもうまく、ダムロンとも思ったより気が合ったようだった。彼も下町育ちで、いにしえを感じる人々の暖かいつながりをとても気に入り、何も予定がないと、半日ダムロンの家にいても飽きることがないようだった。
 一郎がチェンマイに来て数日後、チェンラーイに行くことになった。私が利用している宝石の石元は、店売りをしていない仲介業者で、いつも必ず手元に品物がある訳ではない。近日入荷予定があれば待つこともあるが、ない時には本当に何もなくなってしまう。この時も買物が全然ないので、ビルマ国境のメーサーイまで出てみることにした。一郎とダムロンも一緒に行くことになり、それならばいっそのこと、ノンビリとレンタカーでも借りようということになった。当時のメーサーイにはろくなホテルもなかったので、宿をチェンラーイに取り、仕事の時だけ車で30分ほどのメーサーイまで出るのだ。

 この時のチェンラーイとメーサーイでの出来事は、私の旅の思い出の中でも特に深く記憶に残っている、楽しいものであった。


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■第10話:チェンラーイでの射撃


 チェンラーイに来て数日たったある日のこと、街の食堂に入り3人で昼飯を食べていると、突然ダムロンが「暑い、暑い。」と言ってシャツを脱いでしまった。
 驚いたのは、ダムロンの後ろで食事をしていたおじさんである。すっかりあわててしまい、食事をのどに詰まらせてむせかえっている。ダムロンが後ろを振り返ってジロリとにらむと、何とか静かにしようとこらえるのに懸命だ。ダムロンが食事を再開すると、飛び出しそうに目を見開いて、背中の入れ墨を見ている。一緒にいたおじさんより少し若い男に、“あれを見ろ、ヤクザ者だ。”とわかり切ったことを声には出さず、ジェスチャーで知らせている。連れの男は、懸命に口へ人差し指をあてて、すごい目で彼を戒め、ひたすら関わり合いになることを恐れて目立たないようにしている。長四角のテーブルで、ダムロンの正面に並んで座る私と一郎には、これらの様子が手に取るように見え、2人とも笑いをこらえるのに懸命であった。2人で引きつったような顔でガマンしていると、「何だ、何があったんだ?」とダムロンが聞いてくる。もう完全に我慢できなくなり、一郎とそろって吹き出してしまった。

ダムロン物語~あるチェンマイヤクザの人生~ 食事が終わって、その日は予定もないのでどうしたものかと話し合っている時に、「射撃でもやりたいけど、ここの射的場は弾売りだけで、拳銃の貸し出しはしてないんだ。」と言うと、ダムロンは「それじゃあ、拳銃を何とかしよう。」と言い出した。
 「エーッ!そんなこと言ったって、まさか警官に借りる訳にもいかないんだから、どうするんだ?」と聞くと、「いや、警官から借りるんだ。」と言うのだ。
 私は、「何をバカなことを。そんな無茶をして、今晩は警察泊りなんてイヤだぜ~。」と冗談混じりに笑いながら言ってみたものの、ダムロンは本当の恐いもの知らずだから、マジにとんでもないことをやるかもしれないと考え、少々心配になった。
 「大丈夫、俺にまかせておけ。」と言うので、どうするのか見ていると、大通りの方へ歩いて行きながら警官を探している。すると、向こうから2人連れの警官がやって来た。2人の警官は、何ごとか話しながら私達の前を通り過ぎて行く。ダムロンは、じっと腰の拳銃を見ると、突然警官に突進していき、ガバメントのオートマチックを右腰にさげた一方の警官の腰にしがみついた。しがみつかれた警官は、最初は大あわてとなったが、力加減からすぐに冗談とわかって、「おいおい、何をするんだ。」と言って笑っている。もう一方の年配の警官も、それを笑いながら見ている。ダムロンは「拳銃を貸してくれ。頼む、拳銃を貸してくれ。貸してくれないと、死ぬ~。」とか言っている。私は、あんな露骨なことをして本当に大丈夫かいな?と、ますます心配になってきた。
 ところが、警官達はえらく好意的に話に乗ってくれ、「これから一度詰所まで戻らなければならないが、その後ならばよい。」と言うのだ。“エーッ!そんなことが許されちゃうの?”と、私と一郎の2人はあきれて果ててしまった。私達は、警官の後ろについて、サークル型の交差点のまん中にある詰所までぞろぞろ歩いて行った。驚いたことに、交差点のド真ん中だというのに、詰所の横に射撃の的が張ってある。警官が、ガバメントを腰から抜き、的に向け撃つ真似をして笑っている。
 警官の仕事はすぐに終わり、さっそくみんなで射的場まで行くことになった。2人の警官はバイクに相乗りして先に行き、後から3人の乗った車でついて行く。
 2人の警官が案内してくれた射的場は、チェンラーイのほぼ中心にある私たちのホテルから、車で15分ほどのところにあった。プレハブのガレージみたいな簡単な造りの射撃場で、最長25mの射場が5席と15mのエアーピストル用の射場が10席ほどあった。まだ子供みたいに若い男性2人がエアーピストルを撃っている以外、ほかに客はいない。ダムロンと冗談を言い合っていると、弾丸の購入手続きなどすべてを2人の警官がやってくれていた。45口径のガバメント用が25発、38口径チーフスペシャルが50発、それに22口径スペシャル弾50発を射座のテーブルに並べてくれ、自分達それぞれの拳銃を抜き出し、装填してある弾丸を抜いてポケットに入れ、買った弾丸を装填してくれた。まだ真新しいガバメントの45口径オートマチックと、やや年期の入ったスミス&ウエッソンのリボルバー38口径、それにこの射撃場で借りたコルトのリボルバー22口径の3挺の拳銃が並べられた。2人の警官は的を張ってくれたり、膨らませた風船を固定してくれたり、大サービスである。体の小さい東洋人向きではないカバメントは、いつのもの通りただぶっ放すだけの代物だが、年配の警官が貸してくれたスミス&ウエッソンのリボルバー38口径はとてもバランスがよく、命中率がよかった。

 1時間ほどで撃ち終わり2人の警官に拳銃をか返すと、2人とも拳銃を一度バラバラに分解して手入れをしていた。2人の警官に約束の拳銃の借り賃200バーツづつを渡すと笑顔をさらに深め、「同じ時間なら明日もいいぞ」と言い、バイクの相乗りで戻って行った。



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